2015年01月05日

Harlem Hunch / Slim Gaillard

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毎度遅ればせながら、皆様あけましておめでとうございます。最近めっきり更新が停滞しているこの駄ブログに、どれくらいの方々が立ち寄っていただいているのかわかりませんが、今年もゆるゆると更新していこうと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

年末から元旦にかけては例年どおり浴びるように呑みましたが、こちらも例年どおり2日からはしっかりお仕事。で、昨日は仕事帰りに新橋ディープ・エリアにある素晴らしい黒人音楽酒場、ARATETSU UNDERGROUND LOUNGEにて行われた「(第2回)スリム・ゲイラードさん祭り」に参加してきました。昨年も参加したこのお祭り、1916年1月4日に生まれたとされる(他に諸説あり)スリム・ゲイラードさんの誕生日を祝い、正月早々スリム・ゲイラードさんの録音だけをひたすら聴き、ゲイラードさんの話題をひたすらしゃべろうという極めてコアなお祭りです。今年はさらにドリンキンホッピーズの富山浩嗣さんがホッピーズ関係の選抜メンバー(なんせ全員きたら客が一人も入れないからね…)率いて生演奏でスリム・ゲイラードさんのナンバーを披露するという豪華なもの。正月プレート(おつまみ)と磯辺焼きの食べ放題に樽酒飲み放題までついてゴージャスな夜になりました。

演奏される曲はもちろんゲイラードさんしばりですが、MCのネタもゲイラードさんしばり。富山くんはかなり前から気合を入れてスリム・ゲイラードさんについて調べ上げ、かなりマニアックな話題を次々と披露するのですが、相手は大抵の人が翌日から仕事始めという1月4日の夜にわざわざ新橋地下室まで駆け付けるコアなファンの方々(実際に1988年の来日公演を観ている方も複数あり)、ほとんどの内容は「そうそう」と軽くいなされておりました。やりにくかっただろうなぁ。

演奏されたナンバーの中から、大好きな「Harlem Hunch」を。1945年とゲイラードさんとしてはやや後期の録音。トリオなどでの録音の多いゲイラードさんには珍しく、ハワード・マギーさんやヴィック・ディッケンソンさん、ラッキー・トンプソンさんやワイルド・ビル・ムーアさんなど、ゴージャスなホーン陣を従えています。ま、いつもの小唄っちゃ小唄ですけどね。小唄最高です。このスリム・ゲイラードさん祭りに出演するにあたり、富山くんが吾妻さんに相談をしたところ、是非この曲を演れ!と言われたのだとか。さすが吾妻さん、いい曲だと思います。


演奏終了後に聴かせていただいた、お客さんが持ってきた10インチ・アルバムにも酔い(すばらしい音圧でした)、樽酒飲み放題にもしたたかに酔い、なんだか6月に新橋でライブを演る約束をしてしまったような。いったい何祭りなんだっけ…。

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2014年12月31日

That's Just A Woman's Way / Tommy Tate

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毎度のごとく、年末の忙しさ(呑んでるだけとも言う)にかまけて、ここをほったらかしにしていたら、こんな日付になってしまいました。本日は毎年恒例のCDケースの入れ替え作業実施。今年購入したもののラックは既にいっぱいで、その辺に野積みになっていたCDたちを、薄いソフトケースに入れ替えて何とか棚に収めるという作業。毎年やってます。「あれ、オレこんなの買ってたんだっけ?」と歳相応に思うことも多いのですが、いちいち聴いていたら終わらないので、もう聴かないかも…と思いつつとにかくひたすら棚につっこみます。しかしあれだね、今どき音楽をCDで買う人も少ないやね…などと思いつつ、何とか完了。他にもいろいろ掃除しなきゃいけないところばかりだけど、晩酌までに終わらせるのは無理!と判断したのでこうしてコンピュータの前に座ってみたりしているのです。

1年間に買ったCD眺めながら思い出したのは、今年1年のあんなこと、こんなこと。岡山の音楽仲間がまた一人亡くなり(合掌)、ボビー・ウーマックさんボビー・キーズさんも亡くなり(合掌)、Twitterで知り合った愉快な皆さんとの即席バンドのライブに参加し、小布施と越後湯沢に酒呑み旅行に出かけ、昨年に引き続き浜松球場で友人と旧交を温め、新監督のもと再スタートをしたわが愛する中日ドラゴンズは2年連続のBクラスに終わり、ローリング・ストーンズのみなさんやシル・ジョンソンさんの素晴らしいライブを鑑賞し、さらに素晴らしい国内のミュージシャンの方のライブをいくつも拝見し、青森のジャパン・ブルース・フェスティバルまで出かけてみたりしたり、マッスル・ショールズの素晴らしい映画が公開になり、うちのバンドはいつものとおり3回のライブを行い、大好きな三鷹のお店が火災の延焼の被害にあい、何度かデモにも参加したけどこの国の右傾化は止まらず、老母に認知症の症状が出始め、僕のγGTP値は増え続けています。(以上、個人的備忘録として…)

大きなトピックは前から何度かライブを聴きに伺っていたディープ・ソウル・バンド「TEACHER & THE SOUL EXPRESSO」にお誘いいただき、年末のライブでご一緒させていただいたこと。たった1度のリハだけでの本番は結構緊張しましたが、大好きな曲ばかりで、自分の演奏も忘れて聴きほれちゃう瞬間もありました。なかでもとびきり好きな曲が、サム・ディーズさんと並ぶフェイバリット・ソング・ライター、トミー・テイトさんの書いた「That's Just A Woman's Way」。元々はジョニー・テイラーさんのために書かれた曲のようですが、ご本人の歌うデモ(?)バージョンも上掲ジャケットの未発表録音集で2009年に陽の目を見ています。ジョニーさんのきらびやかなバージョンよりも、トミーさんの朴訥な歌いっぷりの方がいいなぁと思います。ギターソロに入るところは至福の瞬間なのです。



TEACHER & THE SOUL EXPRESSOのライブ音源はこちら。僕は聴きほれるばかりでほとんど吹いていませんが…。

この駄ブログを始めてから驚くべきことに9回目の年の瀬になります。年々更新頻度が落ちてしまってはいますが、なんとか今年も年越しまで来ました。来年も細々だとは思いますが、続けていこうと思います。今年こちらで一献おつきあいいただきました奇特な皆様には、心より感謝申し上げますとともにどうぞ良いお年をお迎えください。チャオ!

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2014年12月09日

I Can See Clearly Now / Kermit Ruffins

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三鷹駅北口にある南の風が吹く酒場「バイユーゲイト(Bayou Gate)」。週末は魅力的なラインナップのライブ、平日はいつも素晴らしい音楽が聴けるバー。マスターの有さんの人柄も素晴らしく、よく途中下車にて楽しい時間を過ごしていたお店です。そのバイユーが一昨日の夜、隣の焼肉店からの出火による延焼の被害にあいました。日曜日の夜8時過ぎ、ライブ演奏中に火災発生、一人も怪我人を出すことなく無事に避難できたのは不幸中の幸いと言えますが、音響機材や貴重なLPレコードは甚大な被害を受けています。

今日はちょうど休みをもらっていたので、自転車で、陣中見舞いとほんのわずかながら片付けの手伝いに行ってきました。1階のバイユーの店舗は燃えてはいないものの、2階にあった居酒屋は大きく焼けて、その消火の際の放水が今でも天井から滴り落ちている状況。屋根も一部焼け落ち、雨水が入ってしまうため、電気は当面復旧の見込みがありません。今日も真っ暗な店内には焦げ臭い異臭が立ち込めておりました。

しかし、早くも力強い支援の輪が広がっています。フェイスブックには既に特設ページ「バイユーゲイトの通常営業再開まで応援しよう!」が立ち上がり、200人近いメンバーが参加しています。募金用の口座も開設されました。今日も平日の昼間ながら、何人ものお店と有さんを愛する方々が、少しでもお手伝いをしようと訪れてきました。各方面のミュージシャンからは「アコースティック編成でいいので、ライブができるならば是非演らせてほしい」との申し出が届いているそうです。

これだけ皆様に愛されているバイユー、復活しないわけはありません。しかし実際にこの目で見て、再建への道は容易ではない、とも感じました。募金や今後各所で行われるであろう支援活動への協力を、バイユーを愛するものとして、僕からもお願いしたいと思います。

「I Can See Clearly Now」。1972年にジョニー・ナッシュさんが歌い、1993年にジミー・クリフさんが映画『COOL RUNNINGS』の主題歌として歌いヒットさせた曲です。バイユーの関係者にはニュー・オーリンズの雄、カーミット・ラッフィンズさんの2009年のバージョンがお馴染みのはず。ライブの終了後にその余韻を明日につなげるように、有さんが毎回かけてくれる曲です。「もう雨はあがった。やがて輝く1日がやってくるのが見える」と歌うポジティブなナンバー。この曲とともにバイユーゲイトが輝かしく復活する日を信じています。


 
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2014年12月04日

Sweet Virginia / The Rolling Stones

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ボビー・キーズが死にました。1日経って本当に辛い。仕事帰りの電車で何気なく聴いたら、目から泪まで出たのです。高校生の頃「こんな音を吹きたい!」と思い、親に借金して買った楽器で1音1音、音をとって初めてコピーしたソロがあなたの吹いた「Brown Sugar」でした。

「Live With Me」「Sweet Virginia」。ジョンの「Whatever Gets You Thru The Night」「Power To The People」。これらの名曲にはどれも彼のソロは欠かせないものだと思います。上手かぁないけど、少年のココロには突き刺ささりました。いまだにあなたのような音は出せないけど、いまだにあなたのようになりたいと思うのです。冥福を!



 
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2014年11月21日

Wine Wine Sweet Wine / Wynonie Harris

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ワインという飲み物の良し悪しがさっぱりわからないままこの歳になりました。もちろんアルコールが入っている以上、嫌いなわけはないのですが(笑)、やれボジョレーだのなんだかんだと、まるで盆と正月とクリスマスが一緒に来たみたいに、成城石井なんかが駅構内にまで出張って来て「さあ買え!いま買え!」と商魂丸出しながらも何か偉そうに販売するのを見るにつけ、けっ!と思うのです。うるせえ、今夜は熱燗でぃ!

しかし、けっ!と思った頭の片隅に、その昔、ボジョレーをしこたま呑んでやたらと楽しい気分になった思い出が残っておりました。もうおそらくは四半世紀も前のおはなし。全然知らないけど、日本にボジョレーが上陸して間もない頃だったのでしょうか。銀座のデパートでは競い合うようにセールをかけて、試飲会をやってました。

えと、前夜からのM屋デパート催事場での内装徹夜バイト、翌日も眠い身体に鞭打って、ようやくあがりの午後のこと。今思えば多分それがちょうどの解禁日だったのかな、一緒にバイトしていた今は静岡に住むココロの詩人氏と2人、なんだか吸い込まれるようにフラフラと地下へ降りてみれば、そこには100円でボジョレーの試飲を勧めるお姉さんが。ヘトヘトに草臥れているし、腹は減ってるし呑みたいし、(日払いバイトなので)小金は持ってるしで、迷わず試飲。「へぇ、結構いいね」なんてお愛想言いながら(ホントはアルコールが入ってりゃ何でもいいんだけど)「じゃ、こっちをもう一杯」なんてね。ボトル買う気はさらさらないので、3杯目にはそっと出し。しかし銀座じゃ当時は各デパートおんなじような商売なので、ハシゴをすればまた3杯。3軒目にはそれこそセンベロ。なんせ眠ってないので回りがはやいのです。しまいにはドラマー氏まで呼び出して、買う気はなかったボトルまで買って、屋上で盛大に呑んだような記憶が…。コルク栓はどうやって抜いたんだっけ。記憶は随分あいまいですが、ボジョレー解禁日の唯一の楽しい思い出でした。若いっていいね。いや、今でも大して変わらないことやってるか…。

鋼鉄の喉を持つ男、ワイノニー・ハリスさん。適度に荒れた超男前の歌いっぷりの、ミスター・スタンダップ・シンガー。惚れ惚れします。全盛期を過ぎた1954年にシンシナティで録音された「Wine Wine Sweet Wine」を。ソニー・トンプソンさんのピアノ他をバックに、けだるく歌うワイノニー。全盛期のマイクも壊れよ、というシャウトも素晴らしいですが、この枯れた味わいもまた酔わせます。では、ワインではなく熱燗で一献。


 
 
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2014年11月09日

Romeo / Lord Melody

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「カリプソへの注目度は、このところ急上昇だ。」というのは1989年に出版されたオーディブック(CD付の本のシリーズ名です)第2弾『リアル・カリプソ入門』の冒頭で故・中村とうよう先生が書いていたお言葉。89年といえば僕ももうどっぷりとブラック・ミュージックの世界に浸かっていた頃ですが、カリプソが注目されているなんてことは聞いたこともなかったなぁ。もっともその頃はネットもないし、米国もの以外への僕のアンテナも随分低かったと思いますが。しかしながら我がバンド(ジャンプ/ジャイブが一応専門です)、遅まきながら2010年代になってからカリプソが注目度急上昇中。いや「急」でもないか、「じわじわ」くらい。徐々にレパートリーを増やしつつあるのです。

僕がはじめて「カリプソ」という音楽を意識したのは恐らくは高校生の頃。「モダン・ジャズの金字塔的作品でこれを聴かなきゃ始まらない」とかなんとか言われて購入したソニー・ロリンズさんのサキコロ(『SAXOPHONE COLOSSUS』)の解説文に、冒頭の印象的なラテン・ナンバー「St. Thomas」のリズムがカリプソだと書いてあったのが目にとまり、以来しばらくカリプソ=セント・トーマスという認識が刷り込まれてしまいました。その偏った認識を払拭したきっかけは吾妻光良さん「嫁の里帰り」「カミさん不細工な方がいい」などのバッパーズの名曲に加え、ロッキン・カリプソニアンズなる別ユニットでの「福田さんはカッコいい」など、カリプソ本来の諷刺精神も見事に日本語で再現したナンバーに、カリプソという音楽を頭の中で再定義。さらに本場もんのカリプソの面白さに気づかせてくれたのは日本随一のカリプソ・バンド、カセットコンロスのワダマコトさんチョイスによる『WADAMAMBO'S CALYPSOS』という編集アルバム。王道路線ではないものの、ちょっとひねった名曲多数でした。これにハマって以来、CD屋でカリプソ・コーナー(なんてものはほとんど存在せず、「ラテン・その他」とかのコーナーね)を覗くようになり、リリース数がそもそも少ないものの、目についたCDをちょこちょこと買うようになりました。ここ最近はうちのバンドのギタリスト氏がお熱で、いろいろ音源を回してもらってます。

カリプソはベネズエラ沖のカリブ海に浮かぶ島、トリニダート島で生まれた音楽。全然知りませんでしたが、そのルーツであるカイソまで遡れば19世紀発祥というジャズにも負けない歴史を持った音楽だそうです。明るいリズムにのせて歌われるのは、政治問題から町内会のゴシップまで、諷刺の効いた瓦版的内容だそうで、やたら歌詞が長いのも特徴です。みなさん大抵芸名を持っていて、ザ・ライオンだのザ・タイガーだのキング・レイディオにマイティ・デストロイヤーなんてのも…。まるでプロレスラーみたいに強そうなのは、即興の歌詞で相手とやりあう伝統的なショーにおいて名前負けしないためだとか。アーティストとしてはどうなのかと思いますが…。

「みんな大好き!ロミオ!」は最近のうちのバンドの合言葉。ロード・メロディさん(本名:フィッツロイ・アレクサンダー)の恐らく1950年代後半の録音の曲が、最近バンドのレパートリーに加わりました。跳ねるリズムに美しいメロディ、カリプソにしては珍しい恋愛ものです(多分)。何といっても脱力系のコーラスがたまらない、中毒性の高い曲。クック・レーベルに残された録音を掘り起し、2003年に日本で組まれたコンピ『カリプソ・リズム』に収められていたものを、うちのバンドのギタリスト氏がさらに掘り起こしてきました。ビールのおつまみに、ドライブのお供に、お子様のおやつに是非(ライナー・ノーツより)。そしてこの曲を含むカリプソ・ナンバーを3曲も豪華に投入したうちのバンドの次回ライブは、今週土曜日です。


 
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2014年10月26日

Hard To Get The Feelin' Again / C.L. Blast

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野球でよく「地肩が強い」なんて言い方をしますが、この人は言ってみれば「地喉が強い」人。C.L.ブラストさん。150キロ台をコンスタントに出しつつ9回完投しちゃうパワー・ピッチャーのような、サザン/ディープ・ソウルを歌うには理想的な強靭な喉の持ち主です。しかも適度に塩辛い声質。いまひとつ曲に恵まれないのが残念ですが、声質としては僕のストライク・ゾーンどまんなか。生で聴いたことはもちろんありませんが、でかい声なんだろうなぁと思います。ちなみに僕も結構でかい声が出せる方ですが、僕の場合は居酒屋で店員呼ぶ時くらいしか役立ちません。

1934年アラバマ州はバーミングハム生まれ。1950年代から本名のクラレンス・ジュニア・ルイス名義で録音を開始するも、初めてアルバムを出せたのは1980年という苦労人。そのアルバム『I WANNA GET DOWN』の他に1984年にもう1枚『C.L. BLAST』という2枚のアルバムを出していますが(2枚目のアルバムには「50/50 Love」という、テディペンの大ヒット「Turn Off The Light」のもろパクり、という曲もありましたが)、最後までヒットとは無縁の人でした。まぁ、アルバムを出せただけでも大したもんだ、という世界ではありますが…。これら2枚のアルバムは2008年にSOULSCAPEから出された『LAY ANOTHER LOG ON THE FIRE』というCD(上掲ジャケット)で数曲のシングル曲とともに全て聴くことができます。

今日のお酒のお相手は「Hard To Get The Feelin' Again」という1976年のシングルB面曲。そのSOULSCAPE盤CDに収められていた大好きなバラッドです。間を活かした大きなノリのバックに乗って、C.L.ブラストさんが咆えます。いい曲だなぁと思って聴いていたら、プロデュースは同郷のサム・ディーズさんでした。


最初の出会いは、学生時代に擦り切れるほど聴いたディープ・ソウルのオムニバスLP『SOUL DEEP Vol.2』に収められていた「I'm Glad To Do It」だから、もうかれこれ25年以上のおつきあい。いいシンガーです。

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2014年10月21日

You Scared The Lovin' Outta Me / Funkadelic

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Pファンクを狂ったように聴いたのは大学生の頃から社会人になっての数年間だったでしょうか。「Pファンク」というのは御存じの方には説明不要ですが、ジョージ・クリントンさんが作ったパーラメント、ファンカデリックの2大バンドを中心に、構成メンバーが重なり合うブーツィーズ・ラバー・バンドやらホーニー・ホーンズやらパーレットやらブライズ・オブ・ファンケンシュタインやら、それらを再構築したPファンク・オール・スターズやら…、70年代から80年代頭にクリントン総帥の元に集まったファンク集団、および彼らの作った音楽の総称です。リアル・タイムではそのどす黒いファンク感覚が日本人にはまるで理解されず、ほとんど評価されていなかったようですが、80年代後半、ヒップホップ勢のサンプリングがきっかけだったのでしょうか、ここ日本でも再評価ブームが起きました。レコード・コレクターズ誌は1989年8月号で「大特集・Pファンク」を組み、僕はそれをそれこそむさぼるように何度も何度も読みました。でも音源のほとんどは当時リイシューされておらず、中古LPを探し歩く日々。ただ、その頃ひょんなことから誘われて入ったファンク・バンドの、大学のOBでもあるドラマー氏はそのLPの多くを持っていて、よくお宅で聴かせてもらいました(僕という人間の二大構成要素である音楽と酒はいずれもこのドラマー氏から教わったものです)。そして1990年7月のPファンク・ライブ初体験。汐留に当時あった巨大テント「サイカ」にやってきた総勢15名のPファンカーによる伝説の4時間ステージは、間違えなく僕の人生のベクトルを変えたのでした。

その後、Pファンクの諸作は堰を切ったように次々と国内盤でCD化され、雑誌の小さなレビューを読みながら「聴いてみたいなぁ」と思い続けていた我々一部のファンにとっては狂喜乱舞の日が続きました(ふところはなかなか続きませんでしたが…)。「One Nation Under A Groove」「Give Up The Funk(Tear The Roof Off The Sucker)」「Do That Stuff」のような王道ファンクはもちろん最高にカッコいいのですが、聴き続けているうちに心の底にしっかりと刻み込まれているのは「P印」というよりも「キ印」入ってそうなドロドロ変態ナンバー。「I've Been Watching You(Move Your Sexy Body)」だの「(You're A Fish And I'm A)Water Sign」だの「Promentalshitbackwashpsychosis Enema Squad (The Doo Doo Chasers)」(!!!)だの、ラリって聴いたら最高だろうな(ラリったことないけど…)と思わせる中毒性の高い楽曲群。

いずれ劣らぬ狂気漂う名曲ですが、大好きなグレン・ゴインズさんをフィーチャーした「You Scared The Lovin' Outta Me」を。1976年のファンカデリック9枚目、ウェストバウンドからメジャーのワーナー・ブラザーズに移籍しての1作目となる『HARDCORE JOLLIES』でも、相変わらずのドロドロっぷりを聴かせてくれました。おどろおどろしいイントロのフレーズが繰り返される中、後ろの方でひたすらゴスペル仕込みの鬼気迫るシャウトを聴かせるグレン。つられてジェローム・“ビッグフット”・ブレイリーさんのドラムも後半やりたい放題に。悶絶のメロウ・ハードコア・ファンク・バラッドなのです。。



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2014年09月30日

Midnight Train To Georgia / Gladys Knight & The Pips

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子供の頃、クラスに何人かはいわゆる鉄道ファンという人がいて、彼らがしゃべるクハだのモハだの何千系だのNゲージだのといったワケのわからない会話をバカにしておりました。興味がない、というよりもむしろ積極的に嫌いだったのです。しかし内田百關謳カの「阿房列車」シリーズを何度も熟読したせいでしょうか、駅のラックにささっている「吾妻線に乗ろう!」などといったチラシをふと手にしている自分に気づくこの頃。心の奥深くに眠っていたなにかが発現しつつあるようです。

そもそもは「飲酒運転をしてしまう自信があるから…」と、こんなに厳しくなる前に自動車を手放したため(このあたり見事な自己管理だと思うワケです)、旅行といえばもっぱら電車。電車に乗って日本各地をふらふらと移動しているうちに、乗ること自体に喜びを覚えるようになった。のかなぁ。もっとも、素面で乗るんじゃ意味はなくて、缶ビールもしくはワンカップが必需品。のべつまくなし呑んでるわけではないけれど、頭ん中に多少アルコールの靄がかかっていないと、車窓の魅力も台無しです。何もせず、ただ時々杯を傾けながらひたすら車窓を眺めている。独り居酒屋のカウンターにいるのとあまり変わりません。動く居酒屋。乗り鉄というより呑み鉄なのです。

さて、鉄道つながりでこんな曲。何度も何度も登場している僕の最も好きな女性シンガーのひとり、グラディス・ナイトさんの1973年の大ヒット「Midnight Train To Georgia(夜汽車よジョージアへ)」を。いつもここでは重箱の隅的な曲ばかり取り上げていますが、これは胸を張っておすすめできる誰もが認める名曲です。スターを夢見てやってきたL.A.から、夢破れて故郷のジョージアに帰る男と、それについて行くことを決めた女の歌。ロスからジョージアまでは3000キロ超。あたしのようなお気楽阿房列車ではありません。

モータウンを離れて、大型契約を結んだブッダでの2枚目のシングル。1枚目がさほどのヒットではなかったためか、モータウン時代のヒット「Neither One Of Us (Wants To Be The First To Say Goodbye)(さよならは悲しい言葉)」を書いたジム・ウェザリーさんの作った曲を持ってきました。前年に元スウィート・インスピレーションズのシシー・ヒューストンさん(ホィットニーのお母ちゃんね)が録音していましたが、そちらは全くヒットしなかったようです。そいつはこちら。これもまたいいんだけどね。しかしやはりその出来栄えを軽くしのぐグラディス。説得力のある歌いっぷりは流石としか言いようがありません。


旅をするにはいい季節、またどこかへ阿房列車を出そうかと画策中。呑み鉄友の会会員募集中です。

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2014年09月24日

黒猫のファンク / クレイジーケン

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クレイジーケンバンドを初めてまともに聴いたのは、既に「タイガー&ドラゴン」などがヒットした後のこと。うちのバンドのギタリスト氏(横浜出身)にベスト盤『OLDIES BUT GOODIES』を貸してもらったのが最初なので、ちょうど10年くらい前の事でした。僕は中央線沿線(といっても結構先の方)に当時も今も住んでいますが、同じくブルース文化のある横浜方面の音楽は、ロックンロール色が強い気がするからか、あるいは単なるライバル視からか、何となく敬遠していた気がします。アンテナが低いとともに狭い了見でした。

しかし「東洋一のサウンドマシーン」と自称するだけのことはあるその鉄壁のバンド・サウンドと、昭和の香りのするソング・ライティングには一発ではまってしまい(なんせ「ザ・ベストテン」で育った世代ですから…)、その借りものの『OLDIES BUT GOODIES』は当時の僕のココロのベストテン第1位を続けること数週間。以降素知らぬ顔してファンとなり、出るアルバムは全て聴いていて、いつの間にはiTunes内の曲数はバッパーズRCも抜いて、国内アーティスト最多になっています(しかしハマのギタリスト氏が全部貸してくれちゃうので、お金はほとんど使っていません、ホント申し訳ない…)。曲作りには多少やっつけ仕事っぽいものもありますが、ロックンロールから昭和歌謡からソウルからファンクからブルースからポップスからラテン(ブーガルーものをこんなにかっこよく演れるバンドは他にいません)からアジア系まで、何をやってもCKB色に染めてしまうバンドの技量は本当に見事だと思います。

数ある名曲の中でも、とびきりの個人的愛聴曲が、バンド結成前の横山剣さんソロ名義の「黒猫のファンク」。麦田のトンネルはどこにあるのかよく知らないけど、哀愁感漂うメロディの分厚いユニゾンコーラス、サビから戻ったヒラ歌のスペイシーな浮遊感、好きな人は思わずニヤニヤしちゃうもろP印のファンク・ナンバーです。ニャンニャン。僕が剣さんを知るはるか前、1995年に初出の『CRAZY KEN'S WORLD(狂剣的世界)』に収められておりました。このアルバムにはもう一曲、原田和典さんがジャック・マクダフの「Esperanto」にその下世話なメロディーをなぞらえた「中華街大作戦」という超名曲も。名盤です。


イーネッ!
 

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