2015年06月21日

Sweet Dreams / Mighty Sam McClain

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マイティ・サムことサミュエル・マクレインさんが6月16日にお亡くなりになったそうです。享年72歳。4月に脳梗塞で倒れ闘病中だったとのこと。心よりご冥福をお祈りいたします。残念でなりません。

初期のストーンズがカバーしていたオーティスソロモン・バークを聴いてサザン/ディープ・ソウルの世界に一歩足を踏み入れた学生時代。もっぱら聴いたのはそのオーティスやバークに、ピケットアレサなど、アトランティックからLPが出されていたいわゆる大物ばかりでした。それらをひととおり聴いた後、「何か他にも…」と初めて買った非アトランティックのディープ・ソウルのアルバムが上掲ジャケットの『NOTHING BUT THE TRUTH』だった気がします(薄れゆく記憶…)。1960年代のエイミーでのシングル作品を寄せ集め、英CHARLYがアルバム化したもので、P-VINEが解説と帯をつけて当時国内発売していました。YouTubeなどない時代、音を聴くには買ってみるしかなかったのですが、学生の小遣いには決して安くないLPレコード、得体の知れないシンガーのアルバムを手に取った僕をレジに向かわせたのは、帯に書いてあった「ここにある16曲すべて絶品、汗たれる」という素晴らしいコピーでした(笑)。すべて絶品、というのは少々過大評価とは思いましたが、汗をたらして何度も何度も聴いたものです。いわば初めて好きになった無名(失礼!)シンガー、僕にとっては特別な人です。

マイティ・サムさんは1943年ルイジアナ州モンロー生まれ。60年代の半ばにフロリダ州ペンサコーラで歌っていたところを地元のプロデューサーであったパパ・ドン・シュラウダーさんにスカウトされてレコード・デビューを果たしています。パパ・ドンがレコーディングのために連れて行ったのが「サザン・ソウルの聖地」マッスル・ショールズ。時代が時代で場所が場所、ですからね、上掲アルバムには絵に描いたようなサザン/ディープ・ソウルがぎっしりと詰まっています。その中での代表曲にしてデビュー曲でもある「Sweet Dreams」を。オリジナルはカントリーのドン・ギブスンさんのものだそうですが、マッスル・ショールズの手練れの面々により見事なサザン・ソウルに昇華しています。甘みのある曲調の中、力強いシャウトを聴かせるサムの歌声が素晴らしい!


マッスル・ショールズでは見事なディープ・ソウル・シンガーを演じたマイティ・サムさんですが、その後の録音の数々を聴くと、もう少しブルースに近い立ち位置だったことがわかります。1986年にはギターのウェイン・ベネットさんを引き連れて来日、国内のミュージシャンをバックに(梅津さんと片山さんがサックス吹いてんだよね)素晴らしい公演を行いました。といっても、まだソウルをかじりかけのケツの青いガキだった僕は、当然ながらこのライブを見逃しています。「素晴らしい」と思うのは、この時のステージがLPになっていて、何度も何度も聴いたから。ナマで聴くことができなかったことを心より悔やみます。エイメン。


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2015年06月07日

キエンセラ / 林家三平

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交流戦ではめっきり得点が入りません中日ドラゴンズ。横浜ファンのみなさまとともに交流戦の早期終了を願う日々です(でも今日は勝っちゃいましたが…)。ストレスは身体に良くないそうですので、僕は今日も「俺のベンチ」にてココロの洗濯をしてきました。しかし洗濯のし過ぎであちこち擦り切れてきたようです。

昨日はサラリーマンの聖地、新橋でのライブ。お越しいただきましたチャーミングなみなさま方には心より御礼を申し上げます。お店は何度も呑みには行っているものの、出演は初めての地下室黒人音楽酒場「ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE」。我がバンドにオープニング・アクトなどおこがましいのですが、売出し中のSUNNYさんに、素晴らしい歌声とスリリングなギター・プレイ(失礼!)と満面の笑みで、舞台(客席の一角だけどね)を温めていただきました。そして僕らのバンド。初めてのお店ということもあり、割とまともな曲ばかりを選曲したつもりでしたが、店主のARATETSU師からは「ここまでバカなバンドだとは思わなかった」とのありがたいお言葉をいただきました。この道を進んでいこうと思います。

1953年にメキシコのトリオ・ロス・パンチョスのみなさんが世界的ヒットをかっとばした「キエンセラ(Quién será)」。昨夜も我がバンドのトランぺッター氏が熱唱をいたしました。日本語版だとザ・ピーナッツのみなさんのバージョンが知られているようですが、僕らがお手本とするのは先代林家三平師匠のもの。この道を進んでいこうと思います。


ちなみにトランぺッター氏がもう1曲熱唱した「Bésame mucho」もトリオ・ロス・パンチョスのものが有名でした。僕らは決してラテン・バンドではありません。
 
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2015年05月29日

After You've Gone / Bessie Smith

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ベッシー・スミスさんの映画が全米で公開されています。その名も『BASSIE』。主役のベッシーさんを演ずるのはクイーン・ラティファさん。なんと素晴らしいキャスト。なんとしても観てみたい!と思いますが、この日本での公開は無理、でしょうか…。いやいや『黄金のメロディ〜マッスル・ショールズ〜』のこともありますし、希望を捨ててはいけません。みんなで地道に声をあげるのです(みんなって誰よ?)。

1894年(明治27年!)テネシー州チャタヌーガ生まれ(生年には諸説あり)。1910年から12年にミンストレル・ショーに加わり、ドサ回り中にマ・レイニー嬢に見出され師事。23年の「Down Heated Blues」でデビューしました。以降10年間で160曲を録音していますが、全てCD化済み。歴史的遺産を現代に伝えるCOLUMBIAさんの偉業だと思います。「Tain't Nobodys Business If I Do」「Nobody Knows You When You're Down And Out」など名曲も多数。師匠のマ・レイニーさんがテント・ショーを好み、ラフなジャズ・バンドをバックに歌ったのに対し、ベッシーさんは洗練された楽団をバックに大劇場で歌うのを好んだそうです。その豊かな声量(というかでかい声)は、当時の貧弱な音響設備で巨大な劇場で歌うことにより鍛えらえたのかもしれません。

1930年代になるとクラシック・ブルースの人気に翳りがみえ始め、ベッシーさんも33年を最後に録音の機会がなくなります。そして1937年には43歳(諸説あり…)で帰らぬ人に。ツアー中の交通事故でした。事故現場から近くの病院に担ぎ込まれるも白人専用病院であったため受け入れてもらえず、たらい回しにされた上、事故現場から遠く離れたミシシッピ州クラークスデールの病院で息を引き取りました。そういう時代であったわけです。

以前にアート・テイタムさんのバージョンを紹介した僕の大好きな曲「After You1ve Gone」を。ベッシーさんの録音は1927年。フレッチャー・ヘンダーソンさんのバンドがバックをつけています。邦題「君去りし後」。あなたは私を泣かせたまま出て行ったけど、きっと今に後悔する。あなたの心はやがて私のようにずたずたになって、いつかまた私を求めるの…。残念ながら活動を休止したSugar In My Bowlさんでの机さんの歌も素敵だったこの曲。来週末の僕らのバンドのライブでドラマー氏が歌う予定の曲でもあります。


「私はベッシー・スミスのビッグ・サウンドとルイ・アームストロングのフィーリングをいつも求めていた」というのはビリー・ホリディさんのお言葉。全ての女性シンガーのルーツのルーツをたどっていくと、必ずベッシー・スミスさんにたどり着きます。
 

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2015年05月06日

Your Love Is Rated X / Johnnie Taylor

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大型連勤(!?)でヘトヘトになっていた昨日の夜、TLにはやたらとジョニー・テイラーさんのお名前があがっているなぁ…と思ったら、5月5日がお誕生日だったのですね。生きていたらば81歳。亡くなったのはちょっと前…だと思っていましたが15年も前の事でしたか…。再発CDもちょこちょこと出てるし、しょっちゅう聴いてはいるので、僕にとってはあまり「いなくなった感」がない人ではあります。娘さんともFBでは友達にしてもらってるし(来日してくんないかな…)。

50年代にサム・クックさんルー・ロウルズさんの後釜としてシカゴのゴスペル・クァルテット、ハイウェイ・QCズにリードとして参加。その後、これもサム・クックさんの後釜として名門ソウル・スターラーズを経てソロへ。ゴスペル時代、MGズをバックにブルーズを歌ったSTAX加入初期、デトロイトのドン・デイヴィスさんと「Who's Making Love」のヒットをかっ飛ばした60年代後期〜70年代前半のSTAX後期、Pファンク勢をバックに起用して更なる大ヒット「Disco Lady」などを生んだ70年代後半COLUMBIA期、そして80年代あたまのBEVERLY GLENを経て、たどり着いた安住の地、MALACOまで。時代時代で様々な顔を見せつつも、2000年にお亡くなりになるまで、とにかく一貫してブラック・コミュニティに向けて歌い続けたミスター・ソウル・シンガー。日本たばこができる前から「JT」といえば、とりもなおさずジョニー・テイラーさんのことなのです。

マッスル・ショールズにモータウン、Pファンク勢など、腕利きミュージシャンを豪華に集めて1977年に録音された『RATED EXTRAORDINAIRE』より、タイトルだけでゾクゾクしちゃう「Your Love Is Rated X」を(こどもは聴いちゃダメよ)。重たくブルージィな歌い口が魅力のジョニー・テイラーさんにあって、最もメロウな曲であります(当社調べ)。曲毎のクレジットがないので、バック・ミュージシャンはよくわかりませんが、参加ミュージシャンは上記のとおりいずれも腕利き。プロデュースは長い付き合いのドン・デイヴィスさん。メロメロのメロウ・グルーヴなのです。浮遊感を彩るフルートは、カウント・ベイシー楽団でもならしたフランク・ウェスさんなんだそうで。意外です。


1日だけのゴールデン・ウィークは、こんな悲劇は観たことない!というデーゲーム観戦であえなく終わってしまいました。動揺して文章がうまく書けないけど、泣くなバルデス。こうなりゃ来週の平塚は応援に行くぜ!
 
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2015年05月01日

Hello Again / Elena Kato Band

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またここをほったらかしにしているうちに5月になってしまいました。月刊かよ?というような更新頻度。社交辞令とは存じておりますが、最近会った人に立て続けに「ブログ楽しみにしています」などと言われ反省中。もう少しまじめにやります。

しかし青空ビールが旨くてしょうがない季節になってしまい困っています(全然困ってないけど…)。連休谷間の本日は、午前中からクーラーバッグに缶ビール放り込んで文庫本片手に「俺のベンチ」で一献。交代制勤務の醍醐味ってやつです。しかし「2本しか飲むまい」と固く心に誓っているのにかかわらず、いつも3本持って行ってしまうのは何故なのでしょうか?

新緑まぶしい日差しのもと、iPodで聴いていたのはここのところ超ヘビロテの『ELENA KATO BAND』。長らくライブには足を運んでいて「CD出してくんないかなぁ〜」と思っていましたが、4月17日にようやく発売になった待望のファースト・アルバム、JIROKICHIでのレコ発ライブで買ってまいりました。期待に違わぬ素晴らしい出来です。

加藤エレナさんは、近藤房之助さんのバンドのバンマスを務めるほか、カルロス・ジョンソンさんの2度のジャパン・ツアーなどでバックを務めたこともあるキーボーディスト/シンガーソングライター。強力に叩くピアノの音色にしびれます。そしてバンドのメンバーは長岡忠治さんのギター(クンチョウ&忠治は昔よく聴きに行きました)に、江口弘史さんのベースに、下久保昌紀さんのドラムという超強力なラインナップ。ミーターズもかくやというグルーブ感、「Keep In Mind」や「Out Of Control」などのファンク・ナンバーは是非ライブで味わっていただきたいと思います。アルバムには収めらていない、ニュー・オーリンズ・ナンバーのカバーにも悶絶必至です。

そしてあたしはやっぱりバラッド好き。忠治さんがたまらないソロを弾く「Rolling Days」も素晴らしいですが、ノックアウトされたのは「Hello Again」。大切な人を亡くしたことを思わせる切ない歌詞が、美しいメロディに綴られます(ちなみに全曲エレナさんが書いています)。エレピの音色と、曲の後半を包み込むようなシンセのストリングスが、セザール・カマルゴ・マリアーノさんがプロデュースするエリス・レジーナさんの楽曲を思い起こさせるナンバー。なぜか最近の映像が全く見つからないので、いつも貼り付けるYouTube映像は残念ながらなしです(PV是非とも作って欲しいんだけどな…)。聴いてみたい方は是非アルバムを買ってください。損はしません。Amazonでは何故か「一時的に在庫切れ」になっているみたいですが、購入予約をすると在庫が動くのだそうですので、ご予約を。あるいは5月20日(水)には横浜KAMOMEにてCD発売記念ライブ第2弾があるそうですので、会場での直接購入がオススメなのです!

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2015年04月15日

Your Love Will Save The World / Percy Sledge

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自身のアルバムのタイトルにもある『Warm & Tender Soul』の持ち主、パーシー・スレッジさんが昨日4月14日に天に召されました。闘病中であるということは何となく聞いてはいましたが、享年74歳。先日観に行ったウィリアム・ベルさん75歳の素晴らしいステージを思えば、まだ歌っていても全くおかしくない歳です。一度、生のステージを観たいと思っていたのですが、とても残念です。

「When A Man Loves A Woman(男が女を愛する時)」という大ネタがあるため、ソウル・ファンのみならず広く名前が知られているパーシー・スレッジさん。ソウル・ミュージックに明るくない方でも、この曲を聴いたことのない人は少ないのではないかと思います。しかしそれが故、ツイッターなどに流れてくる訃報記事は「パーシー・スレッジさんが亡くなった」というよりも「When a Man...を歌った歌手が亡くなった」というものばかり。この曲があればこそ生涯歌手でいられた、とも言えますが、常に自身の名前の前に「When a Man...の」という看板がついてまわるというのは、本人の気持ちとしてはどのようなものだったのだろうかと思います。

今日は追悼の気持ちをこめて、iPodでパーシーさんの曲ばかりをシャッフルで聴いていたのですが、本当にいい曲が多い。あまり、というか、はっきり言って全く器用な歌手ではなかったので、無理な冒険はせず(できず)朴訥にサザン・ソウル・バラッドばかりを歌いこんできた結果だろうと思います。もちろん「When a Man...」もいい曲だとは思いますが、それ以上に好きな曲が山ほどあります。「When a Man...」だけを聴いて彼の音楽をわかった気になっている人が多い(というかほとんど)なのは残念なことだと思います。

最も好きなアルバムは随分前にここにも書いた『BLUE NIGHT』。ソウル史上に燦然と輝く大傑作(当社調べ)だと思いますが、国内盤は発売されず、現在廃盤。残念なことです。僕がソウル・ファンになってから発売され、リアルタイムで聴き込んだアルバムなので最近の作品と思いこんでいましたが、1994年、というともう20年以上も前の作品。思えば遠くに来たもんだ、と思います。その90年代サザン・ソウル暗黒時代にあって60年代の音を見事に再現、というよりも、よりブラッシュアップしてサザン・ソウルの理想形の姿を見せてくれたのがこのアルバム。どの曲も胸の奥までグッと踏み込んできます。以前に紹介した「You Got Away With Love」も申し分のない名曲ですが、今夜は「Your Love Will Save The World」という、「愛は地球を救う」のテーマ・ソングにしたいようなタイトルのこの曲を聴きつつ、杯を故人に捧げます。意外にもビージーズのバリー・ギブさんの作ったこの曲、パーシーさんは見事に自分の色に染め上げています。印象的なギターはミック・テイラーさん。美しい曲です。目から涙が出ます。



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2015年03月30日

Share What You Got (But Keep What You Need)/ William Bell

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桜も満開の春休み、昨日は仕事を早退させてもらい六本木まで行ってきました。僕が六本木に行くというと、もうここ何年も訪ねる場所は一つだけ。ビルボードライブ東京で行われたウィリアム・ベルさんの初(!)来日公演に、ソウル・ファンの先輩方とご一緒させていただいたのです。

正直に申しますとですね、ホントはそれほど期待していなかったのです(ごめんなさい!)。そりゃ60年代から活動を続けているサザン・ソウル界のレジェンドですから、初の来日となりゃ当然「行きます!」と二つ返事になるワケですが、好きな曲はいくつかあってCDも数枚持ってるものの、熱を入れて聴き込んだような覚えはないし、活動を続けていることは知ってたものの、近年特にこれといった話題はないし、75歳と日本では後期高齢者に数えられちゃうご年齢、「お顔が拝めりゃそれで充分」くらいの軽い気持ちでいたのです。しかし前日の夜からFBやTwitterのTLには、初日(僕らが行ったのは2日目)の公演を観たソウル・ファンの皆様方からの賞賛のコメントが続々と。否が応でも胸が高鳴ります。

しかしそういう時に限ってつまらない仕事が飛び込んでくるんですよね。ホントは仕事を早めに上がって、どっかでガソリン入れてエンジン温めてから会場入りしようなどと考えていたのですが、実際は開演直前滑り込みセーフ。でも出てきたバンドの音を聴いた瞬間、暖機運転は不要と悟りました。不勉強にも存じませんでしたが、ロイ・ロバーツさんという自身ソロ活動もしているらしいベテラン・ギタリストの率いるバンド、抜群の出来でした。2ギター、キーボード、ベース、ドラムに3管(バリトン・サックスは日本人のようでしたので、現地調達でしょうか? それにしてはばっちり決まってました!)という理想的な編成。ステージかぶりつき席だったのでバランスは正直言ってよくわかりませんでしたが、決して出しゃばらずも、キメるところはバシバシとキメてきます。そして何といっても御大ウィリアム・ベルさん。そもそもが激唱タイプではないだけに、喉の衰えは全く感じられません。素晴らしいのはそのソウル・スター然とした立ち居振る舞い。バンドへのキメの指示や素早いマイク・アクションなど、年齢をまったく感じさせないかっこよさ。これぞソウル・ショーなのです。

ソング・ライターとしても名が高いウィリアム・ベルさん。しみじみいい曲が多数あります。代名詞といってもいい1961年のデビュー・ナンバー「You Don't Miss Your Water」は、オーティス・レディングさんを始め、多くのソウル・シンガーや、ロック・アーティストにまでカバーされている代名詞とも言っていい名曲。生で聴くことができやはりグッときました。そしてそのオーティスに捧げられた「Tribute To A King」、さらには大好きなジュディ・クレイさんとのデュエット曲「Private Number」。僕の行った1stステージではこれらの曲を聴けてラッキーでしたが、1部と2部では演目をほぼ入れ替えているようで、逆に大好きな「Every Day Will Be Like A Holiday」や「Everybody Loves A Winner」、「I Forgot To Be Your Lover」らは残念ながら聴けませんでした。大名曲は少ないものの、素晴らしい曲を多数残しているウィリアム・ベルさん、1部2部とおしで観るべきでしたが、後悔しても後の祭りです。

どちらのステージでも聴くことのできなかったらしい、僕の一番好きな曲が「Share What You Got (But Keep What You Need)」。いかにもスティーブ・クロッパーさんなソリッドなギターから始まるスタックスらしい固く締まったソウル・バラッド。随分昔にミティ・コリアさんのバージョンを紹介した際には「ウィリアム・ベルさんをはるかにしのぐディープさ」などと紹介しましたが、こちらも反省、ケツが青かったです。本家バージョンの温かな歌いっぷりも素晴らしい出来でした。恐らく大学生の頃、もっとも沢山聴いたであろうLPレコード『SOUL DEEP VOL.2』(桜井ユタカさんが編集したアトランティックのディープ系ソウル・バラッドばかりを集めた編集盤3部作の2枚目)のB面2曲目にひっそりと収められていたこの曲、おそらくは僕とウィリアム・ベルさんの出会いの曲です。錚々たるメンバー居並ぶ編集盤の中では地味なイメージでしたが、聴けば聴くほど滋味深く輝きを発する名曲。是非、再来日してこの曲を歌ってほしい!と思ったりする春の宵なのです。



(小さな声で…)プロ野球が開幕していました。評論家予想では断トツの最下位の我が中日ドラゴンズ、「予想どおり」との声が聴こえる見事な3連敗でのスタート。福田君!高橋君!亀沢君!君らの出番です。

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2015年03月25日

I'll See You In My Dream / The Bigood!

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昨年の12月7日に新橋地下室黒人音楽酒場 ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE にて行われた『ファッツ・ウォーラーさん祭り』。横浜ジャグ・バンド界の親分ムーニーさんが、12月15日のファッツ・ウォーラーさんの命日に先立ち、ファッツ・ウォーラーさんの残したナンバーばかり18曲(!)をひたすら演奏し歌うという酔狂なイベントでした。しかし企画ものながらさすがはムーニーさん、どの曲も素晴らしい出来で、昨年観たいくつものライブの中でも一二を争うような内容。今でもしっかり思い出せる楽しい夜でした。

その『ファッツ・ウォーラーさん祭り』でオープニング・アクトおよび本編でのムーニーさんのサポートを務めたのがイクちゃんとムーちゃんのザ・ビグッド!のお二人(他にアンディも!)。こちらも素晴らしい演奏でした。実は僕は2010年4月11日にもザ・ビグッド!の皆さんの路上ライブを観ています。なんでそんな5年も前の話を日付まではっきり覚えているかっていうと、このブログにちらと書いていたから(こちら)。その時もえらく気に入ってしまい、また聴きたいなぁと思っていたのですが、本来大阪で活動しているバンドなもので、機会のないまま5年も経ってしまったというワケです。

そのザ・ビグッド!の2ndアルバム『# LOVE』がリリースされ、(一般流通はしてないけど)ARATETSUさんのところにて1枚1,000円で販売しているというのを耳にして、早速こないだ買いに行ってきたのです。そしたら…、おっさんはまってしまいました。手に入れたのが先週の火曜日でしたが、以来ほぼ毎日聴いているというヘビロテ状態。今週末ライブを観に行くウィリアム・ベルさんの予習もしなきゃならないし、来月の2本のライブにも備えなきゃならないし…と思いつつ今日もまた聴いてる。クラリネット/ボーカルのイクちゃんのキュートな声と、ムーちゃんの書く甘酸っぱくも切ない歌詞が、おっさんには中毒性が高いようです。いい歳こいてAKB追っかけてる某氏を笑えないみたい(笑)。いかんいかん。

ああ、いい曲だなぁ…としみじみ思うのが2曲目、イクちゃんではなくムーちゃんが歌っている「I'll See You In My Dream」という曲。サッチモエラも歌っているそうですが、恥ずかしながら知りませんでした。でもYouTube探すといっぱい出てきます。ジャンゴ・ラインハルトさんのインスト・バージョンにもグッときました。ジョージ・ハリスンさんのトリビュート・ライブの最後にジョー・ブラウンさんが歌ったものが、ファンの間では有名みたい。1924年(といえば大正13年!)に作られたこの曲、アイシャム・ジョーンズさんが曲を書き、ガス・カーンさんが歌詞をつけたのだとか。邦題「夢で逢いましょう」。昔の人はほんとにいい曲書くなぁ、と思います。

2012年のザ・ビグッド!によるライブを見つけたので貼っておきます。この時は3人編成でしたが、今は洗濯板募集中だそうです。腕に覚えのある方は是非に!と思います。このライブ・テイクでは頻繁に入るコーラスが、スタジオ録音だと最後にちょっとだけイクちゃんの多重録音で出てくるのですが、そこでまたおっさんやられちまうのです。



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2015年02月28日

I've Been Fooled Before / Gene Phillips and his Rhythm Aces

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ジーン・フィリップスさんは1940年代に「Honey Chile」というジャンプ・ブルース界に燦然と輝く名曲を残した偉大な人なのですが、一般的な評価はどうも僕の認識とは違うようです。ルイ・ジョーダンさんワイノニー・ハリスさんの大ファンだったようで、その2人のいいとこどりをしたような素敵な楽曲が多数。残された10数枚のシングル録音のクオリティは、決して2人にひけをとらないものだと思いますが、そのいなたいおっさん然としたルックスのせいか…彼らのような大スターにはなれず、ジャンプ歴かれこれ20数年の僕ですが「ジーン・フィリップスが好き♡」という人にはお目にかかったことはありません。単独名義で組まれたCDは恐らく英ACEからの2枚のみ。その2枚のジャケットに使われているご本人のポートレイトが全く同じもの、というのが寂しさをそそります。

ジーン・フィリップスことユージーン・フロイド・フィリップスさんは1915年セントルイス生まれ。10歳の頃に手にしたウクレレから音楽歴をスタートし、1939年には地元セントルイスで初代リズム・エイシスを立ち上げますがよくある話で鳴かず飛ばず、1941年にミルス・ブラザーズにギタリストとして参加します。翌42年にはミルスとともにロサンジェルスにツアーに出ますが、次のツアー先のカナダには召集令状のため出国できず、そのままロスに留まりロレンゾ・フレノイさんのフレノイ・トリオで初録音を残しています。遠い故郷を恋しがっていたかどうかは知りませんが、運命のいたずらでロスに流れ着いたフィリップス青年に転機が訪れたのがこの頃。クラブで演奏をしていたところを、MODERNレコードのオーナーであるビハリ兄弟にスカウトされました。トランペットのジェイク・ポーターさんやサックス(とアレンジ)のマックスウェル・デイヴィスさんを擁した新生リズム・エイシスはその強力なジャンプ力で前述のとおりいくつかの素晴らしい録音を40年代に残し、フィリップスさんは初期MODERNでのスター・アーティストになりました。

いい感じに軽くジャンプする1947年の「I've Been Fooled Before」を。ま、どうということもないよくあるジャンプ・ナンバーですが、オブリガードのミュート・トランペットがどうにも可愛い一曲です。とくに「don't say that you care(?)」と歌う後に「♪ピョロ」と吹くところ(21秒目)のキュートさったら、おっさん萌えちゃうのです。ホーン・セクションのクレジットが残っていないようなので、リズム・エイシスを支えたジェイク・ポーターさんのものかどうかはわかりませんが…。


50年代になると、ロックン・ロールの台頭とカントリー・ブルースのリバイバルで、ジャンプ・ブルースの時代は終わり、MODERNレコードの看板スターもB.B.キングエルモア・ジェイムスに代わっていきました。ヒットの出せなくなったジーン・フィリップスさんは他の多くのジャンプ・ブルースのスター同様、酒に溺れる生活に堕ちていったようです。晩年にはサウスカロライナの廃品回収所で暮らしていたというフィリップスさん、1990年(?)に亡くなったとされていますが、死亡記事はどこにも残されていないそうです…。

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2015年02月11日

Vambora / Adriana Calcanhotto

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またここを1ヶ月以上もほったらかしにしておりました。何をしていた訳でもなく、仕事をして酒を呑んで眠る日々。たまにリビングたまに布団。楽しいこともいくつかはありましたが、面白くないことが多い最近の世の中です。

ずいぶん久しぶりの投稿ですが、ソウルでもジャンプでもなくブラジルものを。このところ聴き込んでいるアドリアーナ・カルカニョットさん。かなり前ですがここでも2度ほどご紹介したことがあります。ブラジル音楽の伝統を踏まえた上で独自の音世界を展開するシンガー/ソング・ライター。初めて知った時は、ブラジリアン・ポップスの女王マリーザ・モンチさんを追従しているようなイメージもありましたが、よく聴けば決して王道は行かないタイプ。変化球多数です。僕は実験性や革新性に満ちた音楽を愛するものではありませんが、この人のナチュラルなとんがり具合は刺激的ながらも気持ちよく聴けます。

僕はそもそもブラジル音楽を聴くようになって10年も経たないので、リアルタイムで聴いたスタジオ盤は2008年の『MARÉ』と2011年の『O MICRÓBIO DO SAMBA(サンバの微生物)』の2枚だけ。なので、たまにディスクユニオン新宿本店4階にふらりと行っては旧作を探しています。今日の1曲「Vambora」は1998年のアルバム『MARITMO』に収められた曲。スタジオ・バージョンもいいですが、よりシンプルな弾き語りによるライブ・バージョンがたまらないので、まずはそちらを。2000年のライブ盤『PÚBLICO』から。DVDも出てるので買わなくちゃ…。


スタジオ録音のPVはこちら。


歌のおねえさんとして書く子供向けの曲から、憂いに満ちた切ないメロディまで、好きな曲が沢山あります。2011年の来日公演を見逃したのは本当に後悔しています。

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