2016年01月05日

St. Louis Blues / Natalie Cole

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毎度遅ればせながらですが、みなさまあけましておめでとうございます。今年はいい天気の暖かなお正月でしたね。僕は例年どおり2日からしっかりお仕事でしたが、今日は正月2日目のお休み。12時からの新宿西口での市民連合さんの街宣に参加し、中野晃一さんや内田樹さんや香山リカさんの素晴らしいスピーチを聴き、消えかけていたハートに再び火をつけてまいりました。今年は参院選です。

元旦はと言えば、こちらも例年どおり自転車で近所の初日の出スポットで美しい御来光を拝んだ後、1日しかない正月休みをしっかりと寿ごうと朝からせっせと呑んでおりましたが、翌日にそなえてもう寝ようかという薄れつつある意識を叩き起こしたのが、ナタリー・コールさんの訃報でした。2015年12月31日逝去。65歳。残念なことです。いまさらブログで追悼なんてSNSの世界じゃすっかり乗り遅れだけど、いいんだ、オレはオレの時間軸で書きます。

御多分に漏れず(?)、僕は彼女のことを単なる「ナット・キング・コールさんの娘」としてしか意識をしていませんでした。親父さんはうちのバンドでも何曲かカバーをしている大好きなシンガーなので気になる存在ではありましたが、彼女のソウル・シンガーあるいはジャズ・シンガーというよりは、ポピュラー・シンガー的なアプローチにはほとんど興味はなかったのです。ただ、一曲だけ、ほんとに一曲だけですが、ぶちのめされたパフォーマンスがありました。ブルース生誕100年を記念した「イヤー・オブ・ザ・ブルース」の締めくくりとして2003年に開催されたオール・スター・コンサートを、マーティン・スコセッシ監督が撮った映画『LIGHTNING IN A BOTTLE』での一曲「St. Louis Blues」です。W.C.ハンディさんが作ったこの世界最古のブルース・ナンバーとも言われる超有名曲を、この錚々たるメンバーの中で選曲した彼女には敬意を表したいと思います。ソロモン・バークさんやらB.B.キングさんやら、その他のグレイツをお目当てに観に行った映画ですが、その後に買ったDVDで一番観ているのはこの曲のチャプターかもしれません。ポピュラー・シンガーとしての気品をかなぐり捨て、その美貌が歪むのも厭わずシャウトする、ブルース・シンガーとしてのナタリー・コールさんが観られます。これは彼女の本質ではないと思いますが、そのDNAに刻まれていたものが、この大舞台で発現してしまったものかもしれません。エイメン。

僕は聴かず嫌いだったようなので、きちんと残した録音をひとつひとつ丁寧に聴いてみれば、きっと「St. Louis Blues」に匹敵する僕の魂に激しく響く作品に巡り合えるのだろうと思います。そんな作業をしてみようかと思う2016年新春。



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2015年05月29日

After You've Gone / Bessie Smith

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ベッシー・スミスさんの映画が全米で公開されています。その名も『BASSIE』。主役のベッシーさんを演ずるのはクイーン・ラティファさん。なんと素晴らしいキャスト。なんとしても観てみたい!と思いますが、この日本での公開は無理、でしょうか…。いやいや『黄金のメロディ〜マッスル・ショールズ〜』のこともありますし、希望を捨ててはいけません。みんなで地道に声をあげるのです(みんなって誰よ?)。

1894年(明治27年!)テネシー州チャタヌーガ生まれ(生年には諸説あり)。1910年から12年にミンストレル・ショーに加わり、ドサ回り中にマ・レイニー嬢に見出され師事。23年の「Down Heated Blues」でデビューしました。以降10年間で160曲を録音していますが、全てCD化済み。歴史的遺産を現代に伝えるCOLUMBIAさんの偉業だと思います。「Tain't Nobodys Business If I Do」「Nobody Knows You When You're Down And Out」など名曲も多数。師匠のマ・レイニーさんがテント・ショーを好み、ラフなジャズ・バンドをバックに歌ったのに対し、ベッシーさんは洗練された楽団をバックに大劇場で歌うのを好んだそうです。その豊かな声量(というかでかい声)は、当時の貧弱な音響設備で巨大な劇場で歌うことにより鍛えらえたのかもしれません。

1930年代になるとクラシック・ブルースの人気に翳りがみえ始め、ベッシーさんも33年を最後に録音の機会がなくなります。そして1937年には43歳(諸説あり…)で帰らぬ人に。ツアー中の交通事故でした。事故現場から近くの病院に担ぎ込まれるも白人専用病院であったため受け入れてもらえず、たらい回しにされた上、事故現場から遠く離れたミシシッピ州クラークスデールの病院で息を引き取りました。そういう時代であったわけです。

以前にアート・テイタムさんのバージョンを紹介した僕の大好きな曲「After You1ve Gone」を。ベッシーさんの録音は1927年。フレッチャー・ヘンダーソンさんのバンドがバックをつけています。邦題「君去りし後」。あなたは私を泣かせたまま出て行ったけど、きっと今に後悔する。あなたの心はやがて私のようにずたずたになって、いつかまた私を求めるの…。残念ながら活動を休止したSugar In My Bowlさんでの机さんの歌も素敵だったこの曲。来週末の僕らのバンドのライブでドラマー氏が歌う予定の曲でもあります。


「私はベッシー・スミスのビッグ・サウンドとルイ・アームストロングのフィーリングをいつも求めていた」というのはビリー・ホリディさんのお言葉。全ての女性シンガーのルーツのルーツをたどっていくと、必ずベッシー・スミスさんにたどり着きます。
 

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2012年04月15日

Make Love To Me / B.B. King

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我らが王様、B.B.キングさん。この極東の地に再び降り立つことはないとは思われますが、オフィシャルHPによれば今もライブのスケジュールはびっしり埋まってます。現在御歳86歳。人間国宝…、いや生きる世界遺産です。

録音したアルバムは数知れず。どれを聴いてもまぁ間違いはないのですが、僕にとっての特別なアルバムといえば、上掲ジャケットの『BLUES 'N' JAZZ』、1983年の41枚目(!)のアルバムです。豪華メンバーのビッグ・バンドを従えて古いR&Bを弾き歌う、余裕ぶっかましのセッションですが、何が特別って、愛してやまないアーネット・コブさんが参加していること。B.B.さんがブルース界の王様であることは言うまでもありませんが、片やでアーネット・コブさんも我が愛するホンカー小王国の国王陛下であります。そんな大国に招かれた小国王のようなこのアルバム、ちゃんと「リード・テナー・サキソフォン」のクレジットでの礼を尽くしたもてなしぶりが嬉しくなっちゃうのです。

白人女性歌手、ジョー・スタッフォードが1954年に放ったミリオン・セラーを、真っ黒に染めあげた王様meets王様セッションによる「Make Love To Me」を。ピッチのズレさえ魅力的な個性にしてしまう、コブさんのいつもながらに堂々としたソロが満喫できます。


このアルバムを僕がLPで買ったのは四半世紀以上前。コブさんはちょうどそのころお亡くなりになりましたが、まさかB.B.さんが今でも毎日のようにライブをこなしているとは想像もできませんでした。
年に3度ほどしかライブができないお恥ずかしいかぎりの我々のバンドは、今度の土曜日、いつもの三丁目でライブなのです。

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2012年03月07日

Got A Mind To Ramble / The Yas Yas Girl

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杖を片手に現れたボビー・ウーマックさんのシャウトに心震わせたり、ベティ・ライトさんの圧巻のステージと圧巻のアフロにすっかり心を奪われたり、ここに書くべき大ネタはいっぱいあったのですが、全てとっくにアニキになってしまいました。寒い寒いと思っていたのに、いつの間にやら春はそこまでやって来ています。

ここをほったらかしていたのは、只々ひたすら酒を呑んでいたから。いや、ご存知のとおりいつでも呑んではいるけれど、(あえて事情は書きませんが)いつもより余計に呑まなきゃいらんないワケがあったのです。長いこと生きているとさ…、そういうことがまぁぽつりぽつりとやってくるのです。

「この幸せな家を捨てて、貨物列車でどこかへ行っちまいたい」と出奔ブルースを歌うのは、僕の心、ではなくて1939年のヤス・ヤス・ガールさん。ま、なんてことはない小唄ですけどね、心にグサリと刺さりました。


「Yas」といえば「尻」のこと。「マーリーン・ジョンソン(Merline Johnson)」という、親にもらった立派な名前があるのに、何が悲しゅうて「尻々娘」などと名乗るようになったのか、今の僕には知る由もありませんが、その名前のおかげか、当時は結構人気があったようです。1937年〜41年までの短い間に100曲に近い曲を録音しています。どブルースから粋な小唄まで、芸風は多岐に渡りますが、偉大なる先輩のベッシー・スミスさんほどの歌ぢからはありません。まぁ、ケツ女ですから、上手く歌おうなんてことはこれっぽっちも思っていなかったのでしょう。大酒呑みで、なんでも特に安酒が好きだったとか。なんとも気が合いそう。戦前エロ・ブルース(Sugar in My Bowlさんから無断拝借)、ホッピー片手に聴きたいところです。

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2011年09月28日

They're Red Hot / Robert Johnson

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辛い物好きだから馬鹿になっちゃったんだか、馬鹿だから辛い物好きになっちゃったんだかわからないけど、辛目のものが大好物なのです。七味も胡椒もタバスコもドバドバ入れちゃう。本日の昼食は武蔵小金井「プーさん」にて野菜チキンカレー極辛プチ(サイズね)をいただきました。野菜たっぷしのヘルシーそうな見た目ながら、お味のほうは凶悪な逸品。顔面の滝の汗を拭き拭きしながら苦行のように食べましたが、必ずまた食べたくなっちゃう絶品なのです。さらに本日、ふらり立ち寄った古書店で「トウガラシの文化誌」なる見目麗しい書籍を発見し、即購入。これから読むのですが、肛門に悪そうな一冊であります。

そんなわけで、あんまり関係ありませんが「They're Red Hot」。かのロバート・ジョンソンさんの残した貴重な作品の中からの一曲です。1930年代、残した録音はわずか29曲なれど、21世紀の日本の雑誌「レコード・コレクターズ」で巻頭特集が組まれちゃうほどのブルースの巨人。そのわずかな録音が何度もリイシューされてるってことは一応売れるんだろうな。まぁ、古い価値ある黒人音楽が注目を浴びるってのは悪くないことです。

「They're Red Hot」。昔から、この曲は好きだなぁ、と思って聴いていたのですが、そのレコード・コレクターズ誌によると「ロバートの録音中、最異色のホウカム・ナンバー」だそうで。かの中村とうようさんが「全29曲のうち1曲を除いた他の全ての曲の奥底にふつふつと燃え盛る情念が潜んでいる」と論評したその例外の1曲がこの曲だとか。そうか…僕の好きなこの曲には情念がこもっていないのか。ブルース・ファン失格です。生まれてスミマセン。たしかに他の曲とは違い、ギターはストロークだけだしね、いわゆるデルタ臭さは全くありません。でもね、ホントは彼はブルースばかりじゃなく、こんな曲も歌いたかったんじゃないかな、と思うのです。かのクラプトン氏も嬉しそうに(もっと軽いけど)歌ってるしね。


前回エントリーのころはまだ夏でしたが、あっという間に熱燗の恋しい季節です。先月の叔母の後を追うように、偉大な医師だった叔父が亡くなりました。落合監督退任発表。台風15号。いろいろなことがありすぎる9月です。
 
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2011年06月17日

Life Ain't Nothing But A Party / B.B. King

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いつごろだったかよく思い出せませんが、確かまだ中学か高校の、いずれにしてもストーンズばかり聴いてた頃、「ブルースってやつを聴いてみっか…」と中古レコ屋へ。何聴けばいいのかもよくわからなかったけど、ブルースと言えば「ブルースの王様」B.B.キングさん、と思って目についたものを買ったのが上掲ジャケットの『THERE MUST BE A BETTER WORLD SOMEWHERE』でした。すぐさま気に入ったのがB面1曲目の「Life Ain't Nothing But A Party」。「さすが、本物の黒人ブルースはかっこいい!」とか思って聴いていたけど、今思えば全然王道ブルーズではありませんでした。


1981年、王様56歳の頃の作品。ライブでは正調ブルーズばかり演ってましたが、スタジオではコンピューターを駆使したモダンなアレンジの頃の作品。分厚いホーン・セクションを駆使した贅沢なアレンジのアーバン・ブルーズ(?)でした。切れ味鋭いアルトのソロはハンク・クロフォードさん。僚友デヴィッド・ファットヘッド・ニューマンさんのテナーに、ドラムにはバーナード・パーディさん。豪華なメンバーです。B.B.の本筋ではありませんし、話題になることもあまりありませんが、声とギターはいつもどおり、密かな名演!と思います。

ホーン・セクション好きはこの頃から来てるのですね、と、いまさら思い返す青春の日々。シンセ全盛のこの時代、「ホーン・セクション名演集」なんてカセット作ったりしてました。若かったねぇ。あれから四半世紀、ですが音楽的趣味は大して変わっておりません。人生はパーティです。
 
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2011年05月30日

I'm Gonna Dig Myself A Hole / Arthur "Big Boy" Crudup

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かのエルヴィス・プレスリーのデビュー作である「That's All Right (Mama)」のオリジネイターとして知られるアーサー・“ビッグ・ボーイ”・クルーダップさん。ミシシッピ出身の泥臭いフィーリングを、軽快なロッキン・ビートに乗っけて歌う独特のスタイルを持つブルーズ・マンです。でも「That's All Right」の他にも「So Glad You're Mine」「My Baby Left Me」などもエルヴィスがカバーしちゃってるため、何かとエルヴィス絡みで語られる…、というか「エルヴィスに影響を与えた人」だけで済まされちゃっているような気がします。実は僕もそんな印象だけで、以前はなんだか敬遠してました。でもふとiPodが見つけてきてくれた「I'm Gonna Dig Myself A Hole」を聴いて再評価。

1905年ミシシッピ州フォレスト出身。独特の張りのある甲高い歌声は教会の聖歌隊で培われたそうです。でもギターを手にしたのは30代になってから。三十の手習い。どうりでお世辞にも「上手い」といえるプレイではありませんが、その荒っぽい弾きっぷりは何とも味わいがあります(便利な言葉だね)。

南部での農作業や木材伐採や工夫など、ハードな肉体労働で12人もの子供を何とか養う生活に嫌気がさしたか、1939年に一念発起、ギター抱えて憧れのシカゴに出てはみたものの、食うや食わずの路上演奏の日々。「やっぱミシシッピに帰ろかなぁ」と思いつつ路地裏で歌っていたところをたまたま大物プロデューサーのレスター・メルローズ氏に「パーティーで演奏してくれないか」と声をかけられ、故郷に帰る汽車賃の足しに…と歌ったのがデビューにつながったとか。当初の自身の弾くギター1本での歌ではかなりデルタ臭いものも演っていましたが(これもいい!)、リズム隊が付くようになってからは、独特のいなたいスウィング感に溢れる楽曲を展開。これにエルヴィス君もしびれちまったようです。1951年、朝鮮戦争のさなかに歌われた厭戦曲「I'm Gonna Dig Myself A Hole」を。いかしてます。


レスター・メルローズに救い出されたクルーダップさんでしたが、実はしっかり搾取もされていました。エルヴィスのレコードの印税は彼の手には渡らなかったようです。50年代後半より半引退状態。60年代後半のブルース・リヴァイバルで再発見されるも大きな成功を掴むことなく、1974年には卒中により貧困のままに亡くなりました。エルヴィスは香典包んだのかな?


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2009年01月26日

Waiting For Your Call / B. B. King

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BBキングさん。20年くらいも前から「これが最後の来日かもしれないから…」とライブに足を運んだこと幾たびか。ワールド・ツアーはさすがにもうやめてしまい、この日本でその雄姿を拝むことはかなわなくなっちゃいましたが、いまだにご健勝であらせられます王様御年83歳。オフィシャル・サイト見てみたら今でも全米各地で月10数本もライブ演ってる。ルー・テーズ柳家小さんか、人間国宝世界遺産。生涯現役です。

その昔何度か観に行ったライブは、いつもバック・バンドまでしっかり仕上がった完璧なもの。好不調の波が大きいオーティス・ラッシュさんなんかとは全然違うとこでした。自己管理もバンドのマネジメントもしっかりしてるんだろうなぁ。BBの、王様でありながらまじめで謙虚な人柄が感じられます。大酒呑みにはとてもできません。

お歳を召されてからの最近のレコーディングでは、ゲスト多数の企画ものなんかが多かったBBですが、去年の8月に出された最新アルバム『ONE KIND FAVOR』はストレートなブルース・アルバム。ブラインド・レモンやらロニー・ジョンソンなどのオールド・ブルースのカバー集。もちろんすっかりBB色に染め上げてます。哀愁を誘う枯れたジャケット(↑)ですが、そのうたぢからはまだまだ健在。ゴスペル・シンガー張りのシャウトも交えたBB節が全編で聴かれます。ほれぼれしちまう。

もちろんギターも当然BB節。なかでも特にギターにやられちまったのがこの「Waiting For Your Call」。BBの心の師匠、Tボーン・ウォーカーさん作のバラッド・ナンバーです。全盛時のキレはさすがにないかもしれませんが、一音一音の説得力の深さがね…、弾いてるときのBBの顔まで目に浮かんじゃう。年輪のなせる業ですね。ありがたやありがたや。

日本盤がでていないのはこの王様に対して失礼だよな、などと思いつつ、ブルース・アンド・ソウル・レコーズ誌の「ベスト・アルバム2008」を見て今頃買った僕も随分失礼でした。ごめんなさい王様、素晴らしいアルバムでした。次作も是非!
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2008年12月25日

Blues Before Sunrise / Elmore James

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クリスマスに熱燗。

でもって、ブルースです。エルモア・ジェイムスさん。孤高のスタイリストです。もぉね、凶悪なスライドに、いっつもフル・トーンのしわがれ声シャウトに、黒ぶち眼鏡がたまらないのです。もっとも音圧の高い音楽。リロイ・カーさんに敬意も表しつつ…。
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2008年05月02日

Black Nights / Lowell Fulson

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毎年何かと慌しいGWですが、今年はそれに輪をかけていろんな事件がおきてます。ふぅ。忙中閑ありの本日、久々にナイターがっつり観戦しようと思ったらGW変則日程でセ・リーグのゲームもお休みなのね。がっくしですが、我が愛する中日ドラゴンズは投手陣の好調で今のところがっちりと2位をキープ。しかし阪神さんは突っ走りすぎでしょ。明日からはその阪神戦ですからね、眠れる巨人は寝かしておいて、今年はマッチ・レースといきますか…。

さて久々にブルースを一曲。かのB.B.キングをして「眠れる巨人」と言わしめたのは、ローウェル・フルソンさん(1921-1999)。1966年の「Tramp」の大ヒットによりすっかりファンキー・ブルースの人だと思われちゃってますが(僕も思ってました)、歌とギターをじっくり聴けば王道ブルース・マンであることがわかります。「Tramp」はまぐれ当たりみたいなもんですね。その「Tramp」は直後にオーティス・レディング&カーラ・トーマスがカヴァーしてさらなるビッグ・ヒットになりました。このバージョンのアル・ジャクソンのドラムがまた滅茶苦茶カッコいいんだけど、それはまた別の機会に。

ローウェル・フルソンさんはギターが決して不味いワケじゃないけど、歌の魅力の人。その歌もギター同様決して器用でなく、ゴツゴツとした男臭い歌いっぷり。へたに上手く歌おうとせずに歌い放っちゃうところがいいんです。この「Black Nights」は1965年、「Tramp」のヒットの前年に録音されたミディアム・テンポの重厚なブルース。いつでも誰の後ろでも地道に素晴らしい仕事をしているマックスウェル・デイヴィスさんの分厚いバンド・サウンドをバックに、フルソンが無骨に歌いこむ味わい深い一曲。

収められたアルバムのタイトルは『SOUL』。上記ジャケットにでかでかと文字が描かれてますが、内容はしっかりとどブルースなところが素敵です。びっちり分けられたフルソンの髪型もね。
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2008年01月24日

Don't Give Me The Runaround / T-Bone Walker

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毎日寒いですが、今日はまたとびきり風が冷たくて、耳がね、ちぎれるかと思いました。こんな日に終電乗り越しちゃったら大変ですから、家でおとなしくお湯割です。んなワケで、今日の一曲は再び寒いネタで「Cold Cold Feeling」にしようかとも思ったけど、同じTボーン・ウォーカーさんで「Don't Give Me The Runaround」。

誰が呼んだか「モダン・ブルース・ギターの父」。お父さんですよ。子どもは…えーっと、いっぱいいますね。B.B.はじめ以降のほとんどのブルース・ギタリストには、必ずTボーンの血が流れてます。うちのバンドのギタリスト氏も直系卑属。随所にね、どっかで聴いたフレーズが出てきます。モザイクのTボーン箱も所有。

元々はダンサーをやってたエンターテイナーだし、サービス精神溢れる開脚背中弾きっちゅう大技もあるんですけどね、なんちゅうか硬派なギターに硬派な歌だと思います。ノベルティな曲を演ってても顔は笑ってない。フレーズも笑ってない。かといってゲイトマウスみたいに怒っているワケでもない。職人的に淡々と仕事をしているというイメージ。得意のシングル・ノートのフレーズはコードやメロディに寄り添うんじゃなくてあくまでも自分流。いきなりジャジャジャッと入ってくるコードもスリリングです。テンポが遅いとすぐに倍テンして自分のテンポにしちゃう。スタイリストですね。ただ歌詞をうたってるだけという印象の、愛想のない唄も結構かっこいい。

「Stormy Monday」に代表されるスロー・ブルースも、「T-Bone Shuffle」みたいなブギーももちろん素晴らしいですが、今宵はナット・キング・コールみたいな小唄の「Don't Give Me The Runaround」。らしくないですけどね、いや、いい曲ですよ。1946年の録音。ソロはジャック・マクヴィのサックスにゆずって、その分いつもより幾分丁寧に歌いこんでます。でもイントロとエンディングのコード弾きはいかにもいつものTボーン。

本名アーロン・ウォーカーさん。小さい頃のあだ名、クリオール語で可愛い子を意味する「ティボー」が後にTボーンになったとか。「パパと呼ばないで」のチー坊じゃないですよ。って古いね、しかし。
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2007年07月13日

Drop Down Mama / Honey Boy Edwards

今日は久しぶりに新宿にて仕事から解放。いわゆる直帰ってやつ。タワレコ行こうかユニオンか、しばし迷っていたはずが、足はなぜか勝手にしょんべん横丁へ。ふらふらさまよった挙句、蛍光灯明るい「つるかめ食堂」のウーロン・ハイに決定。この店の名物メニュー「バカでアホでフラメンキン」を一度食べてみたかったので。

そのネーミング由来がわからない「バカでアホでフラメンキン」は牛肉のガーリック風味天ぷら。400円也。この店のメニューの中では高級品でしたが、まぁ食べてみましたって感じで、特に感想はありません。それより嬉しかったのはカウンターで隣に座った人生の大先輩方3人衆。1人1600円限定って決めていたみたいで、というかそれしか現ナマなかったのかしら、計算を何度もしながら慎重にご注文。計算結果が毎回違うのはご愛嬌でしたけど。なんとかぎりぎり間に合ってそれなりに堪能したご様子で楽しそうに引き揚げていきました。でも電車賃はあるのかしらん。

食べ終わった皿を片付けないで、それで最後に会計する回転寿司方式。でもお皿がみんな殆ど同じなんですよね。結局は何を食べたか自己申告。fromミャンマーのお兄さんが一生懸命慣れない円建てで計算しておりました。んで、帰りにおあいそしてたら壁のメニューに「ナマズ天ぷら」を発見。キャット・フィッシュですよお兄さん。次回は頼まにゃいけませんね、ということで再訪決定。暇な人は是非付き合ってください。ませ。

というわけでナマズといえばブルースです(?)。マディ・ウォーターズさんの「Rollin' Stone」はもちろん最高峰ですが、同じチェス・レーベルから少々変化球。昔から愛聴していたシカゴ・ダウン・ホーム・ブルースのオムニバス盤『DROP DOWN MAMA』からアルバム・タイトル曲を。

ハニー・ボーイ・エドワーズさん。ミシシッピ州出身。かのロバート・ジョンソン氏とも懇意だったらしいです。この曲は1953年のピアノもドラムも入ったシカゴ録音。スライド・ギターも冴え渡り、どこが“ハニー・ボーイ”だかっていうダーティぶり。バンド編成ですが本人は殆どデルタ・ブルース弾き語り気分ですね。きっとミシシッピから出てきたばっかりだったんだろうな。

んなわけで、曲目解説より酒呑み記録になってしまいましたが、まぁ駄ブログですから。うちのバンドのベーシスト氏はナマズ幼体を飼育中ですが、早く大きくして天ぷらにしちまいましょう!


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