2016年05月16日

Music, Maestro, Please / Charles Brown

music_maestro_please.jpg

あんまり長らくここをほったらかしにしていたもので「あいつもとうとう呑み過ぎでくたばったかな」(居酒屋で常連さんが突然来なくなったりするとよくこう言われますね…)と思われた方もいらっしゃるかもしれません。呑み過ぎは確かに呑み過ぎですが、一応このとおり(どのとおりだ?)くたばってはおりませんでした。暇がなかっただけみたい(お酒呑む暇はあるみたいですけど…)。

前回から随分経つうちに、殿下が突然お亡くなりになったりしましたが、追悼文書くタイミングもすっかり逃してしまいましたので、1999年に亡くなっているチャールズ・ブラウンさんのことでも…。しばらくお名前を聞く機会がなかったのですが(もちろん個人的にはいつも聴いていましたが)、最近、1978年のアルバム(上掲ジャケット)が世界で初めてこの日本でCD化されたのです。嬉しい話です。

チャールズ・ブラウンさんの全盛期といえば、ジョニー・ムーア&ザ・スリー・ブレイザーズのシンガー/ピアニストとして「Driftin' Blues」や「Merry Christmas Baby」、「Get Yourself Another Fool」などのヒットをかっとばし、「西海岸の伊達男」としてならした1940年代後半から1950年代前半とするのが一般的なところ。かのサム・クックさんジェイムス・ブラウンさんレイ・チャールズさんも、みんなこの頃の彼に憧れていたのです。でもみんな彼を乗り越え、彼をおいたまま新たなソウルの世界へと進んで行ってしまいました。

僕はチャールズ・ブラウンさんの全盛期は実は1990年代だと思っています。60年代〜80年代は彼の不遇の時代。ソウルの時代になり、ファンクの時代になり、ディスコの時代になっても、彼は自分のスタイルを変えずに(あるいは変えられずに…)貫き通しました。仕事はぐっと減っただろうと思いますが。そして1980年代後半、世間の風向きは一回りしたのか、BULLSEYEやVERVEが手を差し伸べ、ヒットとは無縁ながらもコンスタントにアルバムを出せるようになりました。ねっとりと重たく甘い40年代から変わらぬスタイル。まさに「チャールズ・ブラウン・マナー」のアルバム群。風雪を耐え抜いた円熟の味、90年代のアルバムはどれを聴いてもはずれがありません。

不遇の中にあった1978年。映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(!)が前年に公開され、世はディスコ・ブーム真っただ中の「アンディ・ギブとビージーズの年」(笑)。ストーンズも「Miss You」の大ヒットでしたたかさを見せつけてくれました。(ちなみに日本ではこの年から『ザ・ベストテン』の放送が始まり、まだ小学生だったあたしは、毎週木曜日が楽しみで仕方ありませんでした 笑。) LAのローカル・レーベルBIG TOWNからひっそりと出されたのが上掲ジャケットの『MUSIC, MAESTRO, PLEASE』。スタイルを変えてこなかったチャールズ・ブラウンさんとはいえ、さすがにこの時期、レコード会社の意思なのか、あるいは本人の意思なのか(ほとんどは自作曲)、時代を映したAOR的な楽曲を主にB面で取り組んでいます。これが意外に悪くない。よく聴いてみれば彼の歌の本質は変わっていないことがわかります。でもやっぱり安心して聴けるのは冒頭のいわゆる「チャールズ・ブラウン・マナー」の数曲。アルバムタイトルの「Music, Maestro, Please」は本人のペンによるものかと思いきや、唯一のカバー曲。1930年代に作られた古いスタンダードでトミー・ドーシー楽団がヒットさせたものでした。「今夜はあの娘のことを思い出したくないんだ、マエストロ、素敵な音楽を聴かせてくれよ」といつものけだるくも甘美なチャールズ・ブラウン節に染め上げています。
(You Tubeに落ちてた音源は、アルバムの次曲のブルース「Hurry Hurry Home」と一緒になっていますが、別にメドレーではありません。)


かつての名盤のリイシューもすっかり忘れ去られた感のあるチャールズ・ブラウンさん。これを機に一気に発掘が…なんてことはないか…。

posted by ac at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

I'll See You In My Dream / The Bigood!

the_bigood!.jpg

昨年の12月7日に新橋地下室黒人音楽酒場 ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE にて行われた『ファッツ・ウォーラーさん祭り』。横浜ジャグ・バンド界の親分ムーニーさんが、12月15日のファッツ・ウォーラーさんの命日に先立ち、ファッツ・ウォーラーさんの残したナンバーばかり18曲(!)をひたすら演奏し歌うという酔狂なイベントでした。しかし企画ものながらさすがはムーニーさん、どの曲も素晴らしい出来で、昨年観たいくつものライブの中でも一二を争うような内容。今でもしっかり思い出せる楽しい夜でした。

その『ファッツ・ウォーラーさん祭り』でオープニング・アクトおよび本編でのムーニーさんのサポートを務めたのがイクちゃんとムーちゃんのザ・ビグッド!のお二人(他にアンディも!)。こちらも素晴らしい演奏でした。実は僕は2010年4月11日にもザ・ビグッド!の皆さんの路上ライブを観ています。なんでそんな5年も前の話を日付まではっきり覚えているかっていうと、このブログにちらと書いていたから(こちら)。その時もえらく気に入ってしまい、また聴きたいなぁと思っていたのですが、本来大阪で活動しているバンドなもので、機会のないまま5年も経ってしまったというワケです。

そのザ・ビグッド!の2ndアルバム『# LOVE』がリリースされ、(一般流通はしてないけど)ARATETSUさんのところにて1枚1,000円で販売しているというのを耳にして、早速こないだ買いに行ってきたのです。そしたら…、おっさんはまってしまいました。手に入れたのが先週の火曜日でしたが、以来ほぼ毎日聴いているというヘビロテ状態。今週末ライブを観に行くウィリアム・ベルさんの予習もしなきゃならないし、来月の2本のライブにも備えなきゃならないし…と思いつつ今日もまた聴いてる。クラリネット/ボーカルのイクちゃんのキュートな声と、ムーちゃんの書く甘酸っぱくも切ない歌詞が、おっさんには中毒性が高いようです。いい歳こいてAKB追っかけてる某氏を笑えないみたい(笑)。いかんいかん。

ああ、いい曲だなぁ…としみじみ思うのが2曲目、イクちゃんではなくムーちゃんが歌っている「I'll See You In My Dream」という曲。サッチモエラも歌っているそうですが、恥ずかしながら知りませんでした。でもYouTube探すといっぱい出てきます。ジャンゴ・ラインハルトさんのインスト・バージョンにもグッときました。ジョージ・ハリスンさんのトリビュート・ライブの最後にジョー・ブラウンさんが歌ったものが、ファンの間では有名みたい。1924年(といえば大正13年!)に作られたこの曲、アイシャム・ジョーンズさんが曲を書き、ガス・カーンさんが歌詞をつけたのだとか。邦題「夢で逢いましょう」。昔の人はほんとにいい曲書くなぁ、と思います。

2012年のザ・ビグッド!によるライブを見つけたので貼っておきます。この時は3人編成でしたが、今は洗濯板募集中だそうです。腕に覚えのある方は是非に!と思います。このライブ・テイクでは頻繁に入るコーラスが、スタジオ録音だと最後にちょっとだけイクちゃんの多重録音で出てくるのですが、そこでまたおっさんやられちまうのです。



posted by ac at 20:19| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月28日

I've Been Fooled Before / Gene Phillips and his Rhythm Aces

Gene_Phillips.jpg

ジーン・フィリップスさんは1940年代に「Honey Chile」というジャンプ・ブルース界に燦然と輝く名曲を残した偉大な人なのですが、一般的な評価はどうも僕の認識とは違うようです。ルイ・ジョーダンさんワイノニー・ハリスさんの大ファンだったようで、その2人のいいとこどりをしたような素敵な楽曲が多数。残された10数枚のシングル録音のクオリティは、決して2人にひけをとらないものだと思いますが、そのいなたいおっさん然としたルックスのせいか…彼らのような大スターにはなれず、ジャンプ歴かれこれ20数年の僕ですが「ジーン・フィリップスが好き♡」という人にはお目にかかったことはありません。単独名義で組まれたCDは恐らく英ACEからの2枚のみ。その2枚のジャケットに使われているご本人のポートレイトが全く同じもの、というのが寂しさをそそります。

ジーン・フィリップスことユージーン・フロイド・フィリップスさんは1915年セントルイス生まれ。10歳の頃に手にしたウクレレから音楽歴をスタートし、1939年には地元セントルイスで初代リズム・エイシスを立ち上げますがよくある話で鳴かず飛ばず、1941年にミルス・ブラザーズにギタリストとして参加します。翌42年にはミルスとともにロサンジェルスにツアーに出ますが、次のツアー先のカナダには召集令状のため出国できず、そのままロスに留まりロレンゾ・フレノイさんのフレノイ・トリオで初録音を残しています。遠い故郷を恋しがっていたかどうかは知りませんが、運命のいたずらでロスに流れ着いたフィリップス青年に転機が訪れたのがこの頃。クラブで演奏をしていたところを、MODERNレコードのオーナーであるビハリ兄弟にスカウトされました。トランペットのジェイク・ポーターさんやサックス(とアレンジ)のマックスウェル・デイヴィスさんを擁した新生リズム・エイシスはその強力なジャンプ力で前述のとおりいくつかの素晴らしい録音を40年代に残し、フィリップスさんは初期MODERNでのスター・アーティストになりました。

いい感じに軽くジャンプする1947年の「I've Been Fooled Before」を。ま、どうということもないよくあるジャンプ・ナンバーですが、オブリガードのミュート・トランペットがどうにも可愛い一曲です。とくに「don't say that you care(?)」と歌う後に「♪ピョロ」と吹くところ(21秒目)のキュートさったら、おっさん萌えちゃうのです。ホーン・セクションのクレジットが残っていないようなので、リズム・エイシスを支えたジェイク・ポーターさんのものかどうかはわかりませんが…。


50年代になると、ロックン・ロールの台頭とカントリー・ブルースのリバイバルで、ジャンプ・ブルースの時代は終わり、MODERNレコードの看板スターもB.B.キングエルモア・ジェイムスに代わっていきました。ヒットの出せなくなったジーン・フィリップスさんは他の多くのジャンプ・ブルースのスター同様、酒に溺れる生活に堕ちていったようです。晩年にはサウスカロライナの廃品回収所で暮らしていたというフィリップスさん、1990年(?)に亡くなったとされていますが、死亡記事はどこにも残されていないそうです…。

posted by ac at 19:08| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

Harlem Hunch / Slim Gaillard

cement_mixer_putti_putti.jpg

毎度遅ればせながら、皆様あけましておめでとうございます。最近めっきり更新が停滞しているこの駄ブログに、どれくらいの方々が立ち寄っていただいているのかわかりませんが、今年もゆるゆると更新していこうと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

年末から元旦にかけては例年どおり浴びるように呑みましたが、こちらも例年どおり2日からはしっかりお仕事。で、昨日は仕事帰りに新橋ディープ・エリアにある素晴らしい黒人音楽酒場、ARATETSU UNDERGROUND LOUNGEにて行われた「(第2回)スリム・ゲイラードさん祭り」に参加してきました。昨年も参加したこのお祭り、1916年1月4日に生まれたとされる(他に諸説あり)スリム・ゲイラードさんの誕生日を祝い、正月早々スリム・ゲイラードさんの録音だけをひたすら聴き、ゲイラードさんの話題をひたすらしゃべろうという極めてコアなお祭りです。今年はさらにドリンキンホッピーズの富山浩嗣さんがホッピーズ関係の選抜メンバー(なんせ全員きたら客が一人も入れないからね…)率いて生演奏でスリム・ゲイラードさんのナンバーを披露するという豪華なもの。正月プレート(おつまみ)と磯辺焼きの食べ放題に樽酒飲み放題までついてゴージャスな夜になりました。

演奏される曲はもちろんゲイラードさんしばりですが、MCのネタもゲイラードさんしばり。富山くんはかなり前から気合を入れてスリム・ゲイラードさんについて調べ上げ、かなりマニアックな話題を次々と披露するのですが、相手は大抵の人が翌日から仕事始めという1月4日の夜にわざわざ新橋地下室まで駆け付けるコアなファンの方々(実際に1988年の来日公演を観ている方も複数あり)、ほとんどの内容は「そうそう」と軽くいなされておりました。やりにくかっただろうなぁ。

演奏されたナンバーの中から、大好きな「Harlem Hunch」を。1945年とゲイラードさんとしてはやや後期の録音。トリオなどでの録音の多いゲイラードさんには珍しく、ハワード・マギーさんやヴィック・ディッケンソンさん、ラッキー・トンプソンさんやワイルド・ビル・ムーアさんなど、ゴージャスなホーン陣を従えています。ま、いつもの小唄っちゃ小唄ですけどね。小唄最高です。このスリム・ゲイラードさん祭りに出演するにあたり、富山くんが吾妻さんに相談をしたところ、是非この曲を演れ!と言われたのだとか。さすが吾妻さん、いい曲だと思います。


演奏終了後に聴かせていただいた、お客さんが持ってきた10インチ・アルバムにも酔い(すばらしい音圧でした)、樽酒飲み放題にもしたたかに酔い、なんだか6月に新橋でライブを演る約束をしてしまったような。いったい何祭りなんだっけ…。

posted by ac at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

Wine Wine Sweet Wine / Wynonie Harris

Wynonie Harris.jpg

ワインという飲み物の良し悪しがさっぱりわからないままこの歳になりました。もちろんアルコールが入っている以上、嫌いなわけはないのですが(笑)、やれボジョレーだのなんだかんだと、まるで盆と正月とクリスマスが一緒に来たみたいに、成城石井なんかが駅構内にまで出張って来て「さあ買え!いま買え!」と商魂丸出しながらも何か偉そうに販売するのを見るにつけ、けっ!と思うのです。うるせえ、今夜は熱燗でぃ!

しかし、けっ!と思った頭の片隅に、その昔、ボジョレーをしこたま呑んでやたらと楽しい気分になった思い出が残っておりました。もうおそらくは四半世紀も前のおはなし。全然知らないけど、日本にボジョレーが上陸して間もない頃だったのでしょうか。銀座のデパートでは競い合うようにセールをかけて、試飲会をやってました。

えと、前夜からのM屋デパート催事場での内装徹夜バイト、翌日も眠い身体に鞭打って、ようやくあがりの午後のこと。今思えば多分それがちょうどの解禁日だったのかな、一緒にバイトしていた今は静岡に住むココロの詩人氏と2人、なんだか吸い込まれるようにフラフラと地下へ降りてみれば、そこには100円でボジョレーの試飲を勧めるお姉さんが。ヘトヘトに草臥れているし、腹は減ってるし呑みたいし、(日払いバイトなので)小金は持ってるしで、迷わず試飲。「へぇ、結構いいね」なんてお愛想言いながら(ホントはアルコールが入ってりゃ何でもいいんだけど)「じゃ、こっちをもう一杯」なんてね。ボトル買う気はさらさらないので、3杯目にはそっと出し。しかし銀座じゃ当時は各デパートおんなじような商売なので、ハシゴをすればまた3杯。3軒目にはそれこそセンベロ。なんせ眠ってないので回りがはやいのです。しまいにはドラマー氏まで呼び出して、買う気はなかったボトルまで買って、屋上で盛大に呑んだような記憶が…。コルク栓はどうやって抜いたんだっけ。記憶は随分あいまいですが、ボジョレー解禁日の唯一の楽しい思い出でした。若いっていいね。いや、今でも大して変わらないことやってるか…。

鋼鉄の喉を持つ男、ワイノニー・ハリスさん。適度に荒れた超男前の歌いっぷりの、ミスター・スタンダップ・シンガー。惚れ惚れします。全盛期を過ぎた1954年にシンシナティで録音された「Wine Wine Sweet Wine」を。ソニー・トンプソンさんのピアノ他をバックに、けだるく歌うワイノニー。全盛期のマイクも壊れよ、というシャウトも素晴らしいですが、この枯れた味わいもまた酔わせます。では、ワインではなく熱燗で一献。


 
 
posted by ac at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

I Found New Baby / Nat King Cole Trio

live at circle room & more.jpg

ナット・キング・コールという人は、本人の中では首尾一貫してるのかもしれませんが、僕にとっては途中で全くの別人になってしまった人です。すなわち1940年代のトリオ時代と、50年代以降のポピュラー・スター時代。一般的に大方の人がご存じなのは後者の方。お父さんのレコード棚に「Mona Lisa」だの「Unforgettable」だのが収められたベスト盤があった、という方も多いのではないかと思います。その凶悪そうな顔つき(失礼!)とは裏腹な甘いベルベット・ヴォイスで歌い上げる大スタンダード・ナンバーの数々。日曜日の午後、自慢のステレオ・セットを近所にも聞こえるように鳴らすにはなかなかいい音源かもしれませんが、真に魅力的なのはお父さんの知らない方のナット・キング・コールさん。優れたジャイヴ・ボーカリストであり、アール・ハインズの流れを汲む極めて上手いピアニスト、そしてドラムレスの革新的トリオ・スタイルの発明者であります。

軽妙洒脱な「Straighten Up And Fly Right」に、しっとりとしたバラッドの「Sweet Lorraine」。トリオ時代はほんとに名曲ザクザクで、僕らのバンドも何曲かレパートリーにさせてもらってます。ご本人の歌とピアノももちろん素晴らしいのですが、肝はなんといってもオスカー・ムーアさんのギター。粒立ちのいい綺麗な音色と、アドリブでももともと作曲されていたかのような見事なフレーズ。最も好きなギタリストの1人です。

そのトリオ時代、1946年9月にミルウォーキーのサークル・ルームというお店でラジオ放送用に録音された貴重なライブ録音から、あえて3人の楽器の実力がよくわかるインスト・ナンバーで、オールド・スタンダード「I Found New Baby(いい娘をみつけた)」を。客のしゃべり声や食器の触れ合う音も響く、現場感たっぷりの録音ですが、火の出るような演奏を聴かせてくれています。ちなみに上掲ジャケットはこのラジオ用音源にボーナストラックを加えた『LIVE AT THE CIRCLE ROOM & MORE』。いい買い物でした。


トリオ時代を深く深く愛するが故に、50年代以降のポピュラー路線を「可愛さ余って憎さ百倍」と、ついついこき下ろしてしまいます。というかほんとにつまんないんだよね。サム・クックさんは憧れていたみたいですが…。

posted by ac at 17:59| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

Gang Busters / The Cats & The Fiddle

the cats & the fiddle.jpg

前にキャッツ・アンド・ザ・フィドルの皆さんのことをここに書いたのはいつのことだっけなぁ、と調べてみたら、もう5年も前のことでした。ついこの間のような気がしていましたが、僕も歳をとる訳です。持ってるCD間違って買ってしまうことも増えました…。いやキャッツ・アンド・ザ・フィドルの話、全曲CD化もDee-Jayからの3枚でとっくに終わってしまい、専門誌でも話題にあがることも今はほとんどない彼ら。しかし彼らの残した偉大な楽曲群をこのまま歴史に埋もれさせてはあまりにももったいない…とペンをとってみました。ってこんなところに駄文に書いてみたところで、ほとんど誰にも影響力はないのですが。

キャッツ・アンド・ザ・フィドルと聞いてもピンとこない方のために。キャッツは1930年代にシカゴの当時高校生、オースティン・パウエルさんが作った弦楽器と歌による4人組ジャイヴ・コーラス・グループ。同時期にはミルス・ブラザースだのスピリッツ・オブ・リズムだのといった、美しいコーラスや超絶テクニックを誇る名門グループが活躍していましたが、キャッツはテクニックよりも勢いや面白さを重視したアヴァンギャルド系(?)。ヒット曲はあまりありませんが、残された曲はどれも水準が高く、吾妻さんをはじめごく一部のジャイヴ・ファンからは熱狂的な人気を得ている…はずです。

今宵の一献「Gang Busters」は、1939年の記念すべきキャッツ初録音にして最高傑作、と勝手に認定しちゃってる曲。のちに大好きなタイニー・グライムスさんが加入するキャッツですが、これはタイニーさんの加入前の録音。しかし、オースティン・パウエルさん(テナー・ギター)、ジミー・ヘンダーソンさん(ティプレ)、チャック・バークスデイルさん(ベース)、アーニー・プライスさん(ギター)の4人が、見事に一丸となりつつも、テンションの高い歌/演奏を聴かせてくれます。次々と変わる奇抜な展開に、タガが外れちゃったようなスキャット、ユニゾンにハモりにと変幻自在なコーラスに、見事なソロと、最後まで息をつかせません。アイディアの勝利だね。


メンバー交代を繰り返しつつ1940年代を駆け抜け、50年には最後の3曲を録音して活動の幕を下ろしてしまったキャッツ。しかし上掲ジャケットを含む3枚のCDは我が家の家宝です。

ほんとはうちのバンドでもこんなんやってみたいんだけど、コーラス能力と練習に対する姿勢に少々問題のある僕らにはどうやら無理みたい(むりむり一曲演ってるけどね)。
posted by ac at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

Dedicated To You / 吾妻光良 & The Swinging Boppers feat. Leyona

Senior-Bacchanals.jpg

歳をとると時の過ぎるのがホントに早くなるもんで、スタジオ録音の前作が7年前だという吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズの皆さん。7年ったら幼稚園児が中学生になっちゃうわけで、え、そんな前だっけなぁ…と思うアタシはボケも入っているかもしれません。その新譜の『SENIOR BACCHANALS』は全11曲。公式トレイラーはこちらです。オール・スタンディングの過密酸欠状態が辛くて、恒例のクワトロのライブには足を運ばなくなって久しいのですが(これも歳をとった証し…)、「座って見ようバッパーズ」他、いくつかのライブには顔を出していたのでほとんどが聴いたことある曲でした。むか〜しからライブでは演っている「栃東の取り組み見たか」に「Big 盆 Boogie」から最新作だという「電話にコードがあった頃」(この曲は個人的大名曲である長見順さんの「夏に生まれた夏子さん」に影響を受けているのだそうです!)まで、全く変わらぬ安定感。完全に芸風が確立されています。

そんな中、どうしようもなくグッときちゃったのは吾妻さんの歌じゃなくて恐縮ですが、Leyonaさんをフィーチャーした「Dedicated To You」。吾妻さんによる日本語の歌詞もあるそうですが、許諾が降りなかったため原曲どおり英語で歌っています。ただ間奏で「タラララララララーララ」とのスキャットに続けて少しだけ入る日本語詞がもうたまらなくいいのです。「♪この素敵な気持ち伝えたい、あなただけにね」「♪聴いてほしいのこの歌、あなたにだけね」と。この「…だけにね」と「…にだけね」の使い分けも素晴らしいんだけど、こう書いてても、聴いてもらわないことには全く伝わらないやね。なのでBSR誌の吾妻さんのインタビューから引用しちゃうと「途中で日本語のヴォーカリーズを入れたんだけど、それがまた良いんだよ。男子高校生は夜中もんどりうつよ。ウワ〜って前屈みに、体が二つ折れになっちゃう。グッフッフッフ。」というこの感じ。高校生でなくてもおじさんだってキュンと来ちゃうのです。この「あなた」がオレであるわけねえんだけどね。

「Dedicated To You」は、元はといえばアンディ・カーク楽団の1937年のナンバー。調べてみたら僕のiPodにもしっかり入っていましたが、こんな名曲とは全く気付いておらず(まだまだケツが青いのです)。他にもさまざまな人が歌っているスタンダードです。ほんとはそのキュンキュンしちゃうLeyonaのボーカルで聴いていただきたいけど、YouTubeにアップしてもすぐに削除されちゃうと思うので、ここはYouTubeで見つけた名演、エラ・フィッツジェラルドさんミルス・ブラザースの皆さんによるバージョンを聴いていただきましょう。Leyonaのが聴きたい人はバッパーズ買ってください。絶対損はしないはずです。


Leyonaはバッパーズの前作『SEVEN & BI-DEDADE』でもラッキー・ミリンダー楽団「Silent George」でこちらは日本語詞でフィーチャーされてて、これもまたよかったなぁ(これも7年も前か…)。こんどは単独名義の録音も聴いてみようかと思います。

posted by ac at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

Saturday Night Fish Fry / Louis Jordan

louis jordan.jpg

「ジャンプ・ブルース界で一番偉い人」ルイ・ジョーダンさんの1949年の#1ヒット「Saturday Night Fish Fry」。彼の通算17曲目のR&Bチャート1位は、相変わらずの脳天気なジャンプ・ナンバーです。「土曜の夜の魚のフライ」、なんのこっちゃ?と思いますが「Fish Fry」というのは、南部の黒人たちの伝統的なパーティのこと。ナマズのフライと密造酒とブギウギ・ピアノで朝まで盛り上がっちゃうんだとか。あたしは最近は朝まで呑むなんてとんでもなく、1時間そこそこでリビングに沈む日々を送っておりますが、それはさておき。この曲「Saturday Night Fish Fry」、ニュー・オーリンズのフィッシュ・フライに遭遇した旅行者が、警察の摘発にあって捕まっちゃうまでの顛末を延々と歌いこんだ、まるでカリプソのような長い歌詞の歌です。


この曲の後、一曲「Blue Light Boogie」を50年に#1に叩き込んだ後は鳴かず飛ばずになってしまうルイ・ジョーダンさん。かのチャック・ベリーさんにも大きな影響を与えましたが、その生みの親になったはずのロックン・ロールに手を噛まれました。しかし1940年代の黒人大衆音楽界は「ルイ・ジョーダンの時代」であったことは間違いありません。

今週の土曜日は久しぶりに我がバンドのライブ。四谷三丁目でフィッシュ・フライです。ルイ・ジョーダンさんの曲も数曲演る予定ですが、この曲も10数年ぶりに復活予定(歌詞が覚えられねぇんだ…)。お暇な方は是非いらしてください。ませ。

posted by ac at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

Lester Leaps In / Tiny Grimes

Tiny Grimes - Some Groovy Fours.jpg

昨日、コブさんの命日を偲んでブラック&ブルー盤などを引っ張り出して聴いていたらば、火がついちゃいました。黒青祭り。ブラック&ブルーは1960年代末から70年代、アメリカからみたら海の向こうのフランスで、古いタイプのジャズ系アーティスト集めて多くのセッションを記録したレーベル。都落ちなどと言うことなかれ、時代はずれの場違いな場所での録音ですが、これが結構おいしいのです。

最も好きなギターの一人と昨日書いたのがタイニー・グライムスさん。他にはと言えばオスカー・ムーアさんボビー・ウーマックさんくらいでしょうか。ジャンルは違えども、つぶ立ちのはっきりした音色で、飛び跳ねるようなフレーズ弾くタイプが好きみたい。って全然言葉で表現できてないけど。まぁ僕の中では共通するものがあるのです。

メカニカルにめちゃくちゃ上手い、という訳ではないんだけど、茶目っ気あふれた奇抜なフレーズのオンパレード。もう「タイニー」と名前を聞くだけでなんだか楽しくなっちゃうのです。絶対この顔(↑)で弾いてるはず。数ある名演の中でもとびきりの、レスター・ヤングさんが作った「Lester Leaps In」(コード進行は「I Got Rhythm」だ)を。昨日のコブさんと同じく、ロイド・グレンさんのピアノとパナマ・フランシスさんのドラムを伴った1974年の演奏で!


一番好きなのは、アート・テイタムさんとスラム・スチュワートさんとのトリオ。録音少ないけど全曲名曲。以前に書きました。動画はこちらです
 
posted by ac at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

My First And Last Love / Hadda Brooks

hadda%20brooks-3.jpg

中古盤でなんとなく見つけたこの(↑)ハダ・ブルックスさんのCDがいいなぁ、と思って繰り返し聴いていたのです。『THAT’S WHERE I CAME IN』。1940年代後半にモダン・レーベルに録音した洒脱な小唄集。

1916年にロス・アンジェルスで生まれたハダ・ブルックスさん。1945年に少々遅咲きながらモダンの誕生とともにレコード・デビューしました。強力なピアノのテクニック、可憐な歌声、ハリウッド映画にも出演した美貌、天はいくつも与えたようです。その強力なブギ・ウギこそが魅力という方も多く、こんなこと言うとブルース・ファンからは「けっ!」と言われそうな気もしますが、僕は彼女の歌う小唄の方が好きです。女ナット・キング・コール(トリオ時代のね)。少し低めの声で抑制の聴いた歌いっぷりがたまりません。若い頃は音楽に「抑制」なんて求めなかったんだけどな。

この40年代後半録音。素晴らしいギターを含むバックバンドも魅力です。アイク・カーペンター楽団とかいう全く知らないバンドですが、この「My First And Last Love」、甘々な曲調の中、チョイ弾き過ぎぐらいのギターがまた素晴らしいです。誰だろう? ライナー詳しく読めば書いてあるかもしれないけど、虫めがね必要なくらいのちっちゃな字で(なんせ老眼始まりましたので…)ちょっと読む気が起きないのです。



posted by ac at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月19日

She's Gone Again / Charles Brown

So Goes Love.jpg

なんてかっこいいジャケットなんだろう、と惚れぼれしちまうのは西海岸の伊達男、チャールズ・ブラウンさん。この凛々しい姿はなんと76歳の時のもの。枯れた味わいのかっこいい爺さんになっていましたが、1998年のこのアルバム『SO GOES LOVE』が生前ラストの作品となりました。1940年代のスリー・ブレイザーズでのデビューから半世紀以上、自らのスタイルを守り切った偉大なるシンガー/ピアニストです。

週末に、Hata_Boneさんと2人で、内田百間先生(ケンの字はホントは門構えに月ね)の生まれ故郷である岡山まで、阿房列車を出してきたのです。2月に亡くなったギタリスト氏の仏前へのお焼香と、身体を悪くし故郷に帰っているドラマー氏のお見舞いのため。用事があるのは本来阿房列車の精神に反しますが、先生の故郷に免じて勝手に許してもらうことにします。その2人、今まで一緒に演った中でも最高のブルース・ギタリストで、最高のファンキー・ドラマーでした。死んでしまったものは残念ながら元には戻りませんが(合掌…)、ドラマー氏は思っていたよりも元気そうになっていて一安心。今はドラムは叩いていないものの、かっこいい爺さんになっておりました。お互いそんな歳になったんだなぁとしみじみ思い、一晩のみの禁酒解除をしてもらい再会の宴。素敵な岡山の夜でした。ギタリスト氏の弟さん(こちらもスーパー・ギタリスト)には、車で百間先生の生家跡を探してもらったり、渋いブルース・バーに案内してもらったり、何から何までお世話になりました。この場を借りて御礼。音楽とお酒は人と人とを繋いでくれます。

「チャールズ・ブラウン・マナー」という言葉があります。甘め、もしくはちょい暗めのゆったりとしたブルースやバラッドのピアノ弾き語り。偉大なるサム・クックさんレイ・チャールズさんにも多大なる影響を与えたのです。40年代〜50年代初頭に大当たりしたこのスタイル、当然のことながら、ロックン・ロールの台頭などによりあっという間に廃れてしまいます。チャールズ・ブラウンさんにとっては長く不遇の時代が続いたと思いますが、彼は決してスタイルを変えませんでした。そして、風雪を耐え、錆もまた味に。見事に復活した90年代、晩年こそが彼の最盛期だったと僕は思います。最後の最後まで変わらなかった真のスタイリストでした。同じくスタイリストであった岡山のドラマー氏とも、死ぬまでに一度、一緒に演りたいのです。


10年ほどの行方不明期間を経て突然僕らの前に帰ってきた元あばずれ(褒め言葉だぜ)が、また音信不通になっています。She's Gone Again? 無事ならいいけど… 心配してるんだ。
 
posted by ac at 22:04| Comment(1) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

Deacon's Hop / Big Jay McNeely

Big Jay McNeely.jpg

細々とながらかれこれ四半世紀以上音楽活動を続けて来て、唯一なんとか人に自慢できそうなことといえば、ビッグ・ジェイ・マクニーリーさんと並んでサックスを吹いたことがある!ということ。16年も前のことです(驚いちゃうけど、僕らはまだ20代でした)。既にジャズを捨て(…!)ホンカーへの道を歩み始めていた当時の僕にとっては天にも上るような出来事でありました。

なんでそんなことが起きたかっちゅーと、まぁたまたまなんですけどね。その1996年の来日の時のプロモーターみたいなことをやってたのが、昔一緒にファンクバンドをやっていた先輩(Hマさん)。んで、東京公演中のオフの日が、うちのバンドの数少ないライブの日にたまたま当たっていたもんで「日本にもジャンプ・ブルースやってる面白い(?)バンドがあるから行ってみないか?」ってんで、Hマさんが連れてきてくれたのでした。事前に「連れてくよ」との連絡は受けていたものの、なんせHマさんのことだし、ビッグ・ジェイのことだし、半信半疑。しかし、そわそわと落ち着きなく1部を終えると、バックステージから聴こえてきたのはぶっといサックスの音色。「うわっ、ビッグ・ジェイだ!」てんで、そこから先は興奮しすぎてあんまり記憶もないのですが、2部の途中から登場してもらい、何曲か一緒に吹いていただいたのです。一緒に客席練り歩いてもくれました。とにかく驚いちゃうのはそのでかい身体以上にでかい音。僕もわりと音は大きい方なのですが、ユニゾンで並んで吹くと、自分の音が聴こえない…。音圧に吹き飛ばされそうになるとはこのことでした。しかし、こんなしがねえアマチュアバンドにもちろんノーギャラで吹いてくれるとは…、なんとも気さくでお茶目なおじいさん(当時69歳)。とにかく何につけてもスケールのでっかい人で、もう大好きになりました。

ホンカー、というのは何度か書いてますが、音楽性とか芸術性よりも娯楽性や大衆性を重視している愛すべきサックス吹きのこと。音がでかい、音が汚い、フレーズが単純、というのがその認定要件です。そのホンカー界(?)の中で誰もが認める最高峰がビッグ・ジェイ・マクニーリーさんなのであります。リード・ミスだって芸のうち。吹き始めたら止まらない。のけぞってブリッジして吹く、寝転がって足をバタバタさせながら吹く、ステージを降りて客席練り歩く、バーのカウンターの上を歩きながら吹く(ので、この手の人たちを「バー・ウォーカー」とも呼びます)、しまいには店出てって通りで「ピギョーッ」と吹きまくってて警察に連行された、なんてな逸話も数々だとか。たしかにそのフレーズには芸術性のかけらもなくて大方のジャズファンからは眉をしかめられますが、よく考えるとこれは目の前のお客さんを喜ばせることに徹底した「エンターテイナーの鏡」なのでありますよ。ビッグ・ジェイといえば単純なフレーズしか吹けない人、と思われているところもありますが、16年前のバックステージでさらりと吹いた素顔の音は忘れられません。なんとも美しいフレーズを、心温まる音色で吹いてくれました。

表の顔、1949年の狂乱の代表作「Deacon's Hop」を。後年の演奏で。


そのビッグ・ジェイ・マクニーリーさんがなんと16年ぶりに、はるばる日本にやって来ます。御年85歳。前回すでに足腰少々弱ってたけど、いまだにバリバリ吹けているというから嬉しくなっちゃうじゃありませんか。11月に大阪、名古屋、東京で各1公演。これは行かねばなりません。

でもって本日チケットとろうと思ったら、e+もチケットぴあも、ずっと昔に登録したであろうIDとパスワードが思い出せずにログインできない。しょうがないから新規登録しようと思って住所だの電話番号だの個人情報をせっせと入れて、登録ボタンを押すと「あんたは既に登録されてるよ」って言われちゃう。どうせぇっ中年、とPCの前で悪戦苦闘したけどどうにもならず。これなら電話で何分も待たされる方がまだよかったよ…、と思いながらもローソンチケット新規登録しちまいました。きっとまたこれも忘れちまうんだろうけど。

そんなこんなで予約したチケットはまだ整理番号が若いものでした。嬉しいけれども、はるばる海を越えてやってくるビッグ・ジェイ・マクニーリーさんにさみしい思いをさせる訳にはいきません。日本のジャンプ・ブルース・ファンの皆様(何人いるんだ?)、この偉大なるホンカー世界遺産に最敬礼すべく、クアトロに是非!
 
posted by ac at 18:11| Comment(1) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月31日

Bristol Drive / Maxwell Davis Orchestra

Maxwell Davis.jpg

マックスウェル・デイヴィスさんの3枚組が出たのです、と独り小躍りしてみる僕。「誰やそれ」と言わんといて下さい。戦後西海岸黒人大衆音楽の大立者。テナー吹きでありながらアレンジャー、バンド・リーダー、コンポーザー、やがてはプロデューサーと八面六臂の大活躍。東のキング・カーティスさんに対する西の正横綱。しかし悲しいかな知名度は十両級、という人なのです。この人がいなければかのB.B.キングさんも世に出られたかどうかわからないのにね。

さて、ほとんど「無視」状態から突然出されたこの3枚組『WAILIN' DADDY』全89曲。1枚目は数少ない自身のソロ名義録音、2枚目は主に40年代、3枚目は50年代の他人のために手がけた作品集。この2枚目3枚目がまたね、ヒット曲はあえて外してあるものの、西海岸ジャンプ系ブルース紳士録かっていう豪華ラインナップなのです。前述のB.B.キングさんをはじめとして、Tボーン・ウォーカーさんルイ・ジョーダンさん、ジョー・ターナーさん、ジミー・ウィザースプーンさん、ローウェル・フルソンさん、ゲイトマウス・ブラウンさん、ヘレン・ヒュームスさん、ジーン・フィリップスさん、ロイド・グレンさん、ピート・ジョンソンさん、パーシー・メイフィールドさん、ペパーミント・ハリスさん、エイモス・ミルバーンさんカルヴィン・ボウズさんフロイド・ディクスンさんジョー・リギンスさん、と多士済々でお腹もいっぱいです。

さて、珍しいのは1枚目のご本人のソロ作品。ぶっとい音色で逞しいブロウも聴かせてくれますが、決してソロが破綻しないのは、そこらの吹くことしか能のないホンカー(褒め言葉です)とはそもそも血筋が違うところ。スタイルも器用にさまざまにこなしてるところも、馬鹿ジャンプしかできません(褒め言葉です)というホンカー衆とは違うところなのです。というか西海岸R&Bのいろんなスタイルは恐らくこの人が作っちゃったのね。『酒場放浪記』でおなじみのエイモスさんのこの(↓)パターンもこの人の発明でしょうか。1951年のシングル「Bristol Drive」を。


50年代の後半にはサックスをペンに持ち替え、専ら作曲と編曲の仕事をしていたそうですが、1970年に54歳で亡くなったとか。20年以上にわたってヒット曲を作り続けた縁の下の力持ち。この3枚組の発売を機にスポットライトが!当たんねぇだろうなぁ…。
 
posted by ac at 16:37| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月13日

Swingin' On The Moon / Bob Howard And His Orchestra

all the jive is gone.jpg

独りで居酒屋に行くのが好き。いやたまらなく好きなのです。行って何をするのかというと、何もしません。カウンターの前に座ってぼーっとしてる。品書きか斜め上の中空を見つめて、ときどきお酒をぐびり。何もしゃべらない。額の上には裸電球。壁の時計が止まる。そんな時間を愛しています。

政府がさらなる節電のため、白熱電球の製造・販売の自粛要請をしたそうです。さっきのニュースでそう言ってた。わかるけど何となく寂しい。必要以上に明るい呑み屋は好きじゃないのです。もちろん電球色の蛍光灯やらLEDやらもあるだろうけど、そんなまがい物では何か大事なものを失っちゃうような気がします。今朝の朝刊にはレバ刺しが来月から販売禁止だって書いてある。そして僕が20数年前にはじめてレバ刺しを食べた「いせや」公園店は店舗改装のため今月いっぱいで休業するのだとか。あの汚くって煙ったいカウンターが好きだったのにな。改築後は照明もLEDになっちまうんだろうか。好きなものばかり、ひとつずつ姿を消していきます。

ボブ・ハワードさんはファッツ・ウォーラーさんのフォロワー的なピアニスト兼歌うたい。1930年代に結構多数の録音を残していますが、ほとんど知られていません。僕がはじめて知ったのは、魚住さんが選曲した上掲ジャケットのオムニバス『ALL THE JIVE IS GONE』に収められた数曲ででした。悪役プロレスラーのような面構え、歌も全く上手くないですが(失礼!)、その三流ぐあいがたまらないのです。「Swingin' On The Moon」。どうということのない小唄ですが、これがしみじみ心に響きます。


今月中に公園店にお別れに行かなきゃな、と思う梅雨の宵。明るいうちにレバ刺し食べに行きたいね。
 
posted by ac at 22:11| Comment(1) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

Shoe Shine Boy / Wingy Manone

Wingy Manone.jpg

なんとも迫力のある顔でラッパ吹いてるのはウィンギー・マノンさん。1900年、ニューオーリンズに生まれたトランペッターでバンド・リーダー、そして陽気なシンガーです。

主に1930年代にご機嫌なナンバーを数多く残しているウィンギー・マノンさんですが、知っている人はあまりいないかもしれません。僕も最近上掲のアルバム買って、彼の素晴らしさを知りました。一般に(といってごく一部の人にですが)知られているのは、彼の「Tar Paper Stomp」という曲のリフがグレン・ミラーの大ヒット「In The Mood」のテーマ(♪サバラサバラサバラサバラ〜)としてパクられた、ということくらい。ウィンギー・マノンさんの名前でググってみてもその話くらいしか出てきません。

でも、そのニューオーリンズ・スタイルのバンドと、ファッツ・ウォーラーさんキャブ・キャロウェイさんにもつながる彼のボーカルは、いくつもの密かな楽しい名演を残しています。きっと同郷の後輩、ルイ・プリマさんあたりは彼に憧れていたはず。1935年、昭和10年のご機嫌な「Shoe Shine Boy」をどうぞ。


ジョセフ・ウィンギー・マノンさんは実は隻腕のラッパ吹き。10歳の頃に路面電車の事故で片腕をなくしています。だからトランペットを選んだのでしょう。プランジャー・ミュートこそできませんが、一応バルブ操作はできます。でも僕も一時経験があるからわかるけど(酔っ払ってすっころんで脱臼しました)、片手が使えないのって、えらい苦労したことと思います。靴下もろくに履けないし、靴磨きも難しいね。

posted by ac at 17:20| Comment(5) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

Don't Let The Sun Catch You Crying / Louis Jordan

the best of louis jordan.jpg

僕がここに「泣くな浅尾!来年があるさ…。」と書いたのは昨年の11月13日のことでした。それから1年とちょっと、浅尾投手は先日の日曜日、今期通算88試合目の登板(!)にして再び力尽きました。そしてそれは落合博満監督の最後の試合でもあった訳です。思い起こせば8年前、落合監督就任発表に「う〜ん…」、そして開幕戦の「先発投手・川崎」に「だからイヤな気がしたんだよぉ!」と思った自分を深く恥じ入ります。あれからリーグ優勝4回、Bクラスは1度もなくクライマックス全て出場。野球を観始めて30数年、このような黄金時代はかつてなかったのです。ありがとう、そしておつかれさまでした。

そんなこんなで何となく気の抜けたような秋の空。うちのバンドは本日ライブです。今晩初めてステージで歌う曲「Don't Let The Sun Catch You Crying」を。ジャンプ・ブルース界で一番偉い人、ルイ・ジョーダンさんの1946年のナンバーです。「おひさまに涙を見られちゃいけないぜ」。下の映像はルイ・ジョーダンさんの時代がとうに終わった1966年、テレビ番組「THE BEAT!!!」に出演したときの映像です。全盛期の艶のようなものはありません。


今年最後のライブが終わると、冬がやってきます。来年の春、最強セットアッパー浅尾拓也を育てた落合監督と森コーチはいません。同じような熱い気持ちで野球が観られるかなぁ?と思います。

ま、とりあえず今夜です…。
 

posted by ac at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

Jest Smoochin' / King Curtis

atlantic honkers.jpg

このとってもファンキーなジャケットのアルバムはその昔アトランティックから出された『ATLANTIC HONKERS』。僕がずぶずぶと「野卑なサックス吹き」への道を歩み始めるきっかけとなった1枚、の2枚組LPです(←ややこしい!)。タイトルどおり大アトランティック・レコードに残されたホンカーのみなさま方の録音集。ご存じない方のために…、ホンカーというのは、音楽性とか芸術性よりも娯楽性や大衆性を重視している愛すべきサックス吹きのこと。音がでかい、音が汚い、フレーズが単純、というのがその認定条件になります。40年代の人力ヘヴィ・メタル、のようなもの。エレキ・ギター+エフェクターが一般的になる前の時代では、テナー・サックスこそが少年の憧れだったわけです(ホントか?)。

このアルバム、登場するのは1940年代末〜50年代を中心とした有名無名のホンカーさん達。「リトル・ジャイアント」としてその後ハード・バップで名を上げるジョニー・グリフィンさん(昔はブロウしてたのね…)を擁するジョー・モリスさんのバンド(「Wow!」)に、レッド・プライソックさんを擁するタイニー・グライムスさんのバンド、ハル・シンガーさんを擁したジェシー・ストーンさんのバンドなどの極上ジャンプ系バンドに、ウィリス・ジャクソンさんや僕の最も敬愛するアーネット・コブさんといった(この世界では)大御所の演奏も。いずれも競い合うかのようにくっさい演奏を展開しております。

そんなナンバー並ぶ中、ひときわ臭い立つのがアトランティックの大立者、キング・カーティスさんの「Jest Smoochin'」。「音が汚いにもほどがある」と言われちゃいそうなグロウルしまくるテナーにズンドコ・リズム、ペケペケ・ギターで受けて立つのはミッキー・ベイカーさんだ。本来キング・カーティスさんは大アトランティックにてアレサのバンドの音楽監督やプロデューサーまで務めた実力者ではありますが、ここではあえてその知性をかなぐり捨て、音がひっくり返るほどのグロウル。名人衆による史上最も下品な演奏がここに完成しました。昔のTVドラマのキャバレー・シーンなんかでよくこんなんかかってたよね。


あたしのグロウルにも磨きをかけなきゃ、というライブも近づく秋の日々。下手と下品は近いようで全く別物。ちゃんと練習しなきゃきちんとした下品な演奏(?)はできません。精進しなきゃね。

posted by ac at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

Don't Let Us Say Good-Bye / Slim Gaillard

ジャズなんかのミュージシャンの評価はそのアドリブ・ソロの内容によることが殆どです。大センセイ達がみなそう言ってる。それはそれで否定するものでもないのですが、テーマをどのように聴かせるか、というのも重要なファクターであると思うワケで。「テーマなんて決まったメロディ弾くだけじゃねぇか」と言ってしまえばそれはそうなんですが、そのすでに決まっているメロディをいかに気持ちを込めて弾く(吹く)か、というのも大事だと思うのです。というか、そういうことを大切に考えるミュージシャンを高く評価したいと考えるものであります僕は。さらに言えばですよ、アドリブなんてその場でアタマに閃いたことをほぼ反射的に音にしたものよりも、プロのソングライターが練りに練って作ったメロディの方が美しいのは言うまでもないのです。その美しきメロディを最大限美しく聴こえるように歌ってみせる、というのがミュージシャンの技量ってもんではないかと思います。メロディをただ聞かせるのではなく、聴き手の心の奥に演奏しているミュージシャンの心の動き、メロディへのリスペクトみたいなもの、が届くような…。そういう演奏が好きだし、そういうものにワタシハナリタイ、と思ってるん。

昨夜は四谷三丁目にてうちのバンドのライブでした。熱く(暑く)楽しき夜。お越しいただきました皆様には心より御礼を申し上げます。上で書いてることと演ってることがずいぶん違うじゃねぇか、と言われそうなお粗末な内容ではありましたが、アルコールで朦朧とした心の動きを伝えてもねぇ…と思うので(笑)。でもホントはね、そういうものにワタシハナリタイ、と思ってるん。
祭りのあと、みんな帰っちまったお店から、よろよろと地元の駅までたどりつき、独り深夜の日高屋でビール&ギョーザ。なんだかよくわからないけど、上に書いたようなことを靄にかすむアタマでぼんやりと考えていたのです。なんで真っすぐ帰らないかなぁ…。

本文とはほとんど関係ないけど、スリム・ゲイラードさんと彼のフラット・フット・フルージー・ボーイズによる1940年の「Don't Let Us Say Good-Bye」を。深夜のラーメン屋で独りむせぶのにはなかなか似合う曲なのです。



posted by ac at 20:40| Comment(2) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

Rhythm In The Barnyard / Joe Liggins & The Honey Drippers

Pink Champagne.JPG

西海岸の甘口ジャンプ男、ジョー・リギンスさん。1945年にエクスクルーシヴから「The Honeydripper」の180万枚大ヒットをかっ飛ばした後、その後名門となるスペシャリティに移籍、50年代初頭にかけて数々の名曲を残しました。以前に書いたジミー・リギンスさんのお兄さんでもあります。ジミーさんのときに書いたようにヤクザな弟に対し、人なつっこく温厚な兄。風貌も音楽もそのままです。荒っぽいブギーやブルースを吐き散らす弟とは対照的に、独特のもっさりとした歌い口で、代表曲「Pink Champagne」のタイトルどおりの、甘めのバラッドや小唄を得意としておりました。

そのスタイルを支えたのがしっかりとアレンジされたバック・バンド、ハニードリッパーズの面々。もちろんロバート・プラントさんたちのあのバンドではありません。金管外したサックスのみのホーン・セクションが、やわらかいアタックのなんともほんわかした雰囲気を醸し出します。そしてベースが弱点なのか、ベース・ラインとして聴こえてくるのはなぜかもっぱらピアノかバリトン・サックス。マルチ・リードのリトル・ウィリー・ジャクソンさんを中心としたこのバンド、バンド名義の録音もなかなかです。

うちのバンドで長年の僕の持ち歌としているのが本日の一曲「Rhythm In The Barnyard」であります。オクラホマ出身のジョー・リギンスさんならではの農場ナンバー。若き日の吾妻光良さんの訳詞(『ブルース飲むバカ歌うバカ』より勝手に引用)によれば、「ブルドッグのやろうが、入ってきました。みんな、楽しみが終わるんじゃないかと不安。きのう農場に来てやる事といったら、ケンカばっかし。ほら、みんな言ってやれよ、『ケンカしにここに来てるんじゃないぜ。おれは、リズムが好きなんだ。そして一晩中おどるんだ。』農場のリズムは楽しいなあ。」という、馬や牛やメンドリなんかが主人公の、なんともほのぼのとした歌詞。40過ぎのいいオヤジが歌うにはどうか…?と思う内容ではありますが、「オマエとしっぽりヤリたいぜ、ベイベェ」なんてのよりは、罪がなくていいかもしれません。


さて、この曲含むうちのバンドの楽しい(?)ライブは今週土曜日!と最後はちゃっかり宣伝。ルイ・ジョーダンさんナット・キング・コールさんジミー・ベビーフェイス・ルイスさんまで。暇と興味がおありの方は四谷三丁目までお越しください。
 
posted by ac at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。