2016年05月16日

Music, Maestro, Please / Charles Brown

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あんまり長らくここをほったらかしにしていたもので「あいつもとうとう呑み過ぎでくたばったかな」(居酒屋で常連さんが突然来なくなったりするとよくこう言われますね…)と思われた方もいらっしゃるかもしれません。呑み過ぎは確かに呑み過ぎですが、一応このとおり(どのとおりだ?)くたばってはおりませんでした。暇がなかっただけみたい(お酒呑む暇はあるみたいですけど…)。

前回から随分経つうちに、殿下が突然お亡くなりになったりしましたが、追悼文書くタイミングもすっかり逃してしまいましたので、1999年に亡くなっているチャールズ・ブラウンさんのことでも…。しばらくお名前を聞く機会がなかったのですが(もちろん個人的にはいつも聴いていましたが)、最近、1978年のアルバム(上掲ジャケット)が世界で初めてこの日本でCD化されたのです。嬉しい話です。

チャールズ・ブラウンさんの全盛期といえば、ジョニー・ムーア&ザ・スリー・ブレイザーズのシンガー/ピアニストとして「Driftin' Blues」や「Merry Christmas Baby」、「Get Yourself Another Fool」などのヒットをかっとばし、「西海岸の伊達男」としてならした1940年代後半から1950年代前半とするのが一般的なところ。かのサム・クックさんジェイムス・ブラウンさんレイ・チャールズさんも、みんなこの頃の彼に憧れていたのです。でもみんな彼を乗り越え、彼をおいたまま新たなソウルの世界へと進んで行ってしまいました。

僕はチャールズ・ブラウンさんの全盛期は実は1990年代だと思っています。60年代〜80年代は彼の不遇の時代。ソウルの時代になり、ファンクの時代になり、ディスコの時代になっても、彼は自分のスタイルを変えずに(あるいは変えられずに…)貫き通しました。仕事はぐっと減っただろうと思いますが。そして1980年代後半、世間の風向きは一回りしたのか、BULLSEYEやVERVEが手を差し伸べ、ヒットとは無縁ながらもコンスタントにアルバムを出せるようになりました。ねっとりと重たく甘い40年代から変わらぬスタイル。まさに「チャールズ・ブラウン・マナー」のアルバム群。風雪を耐え抜いた円熟の味、90年代のアルバムはどれを聴いてもはずれがありません。

不遇の中にあった1978年。映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(!)が前年に公開され、世はディスコ・ブーム真っただ中の「アンディ・ギブとビージーズの年」(笑)。ストーンズも「Miss You」の大ヒットでしたたかさを見せつけてくれました。(ちなみに日本ではこの年から『ザ・ベストテン』の放送が始まり、まだ小学生だったあたしは、毎週木曜日が楽しみで仕方ありませんでした 笑。) LAのローカル・レーベルBIG TOWNからひっそりと出されたのが上掲ジャケットの『MUSIC, MAESTRO, PLEASE』。スタイルを変えてこなかったチャールズ・ブラウンさんとはいえ、さすがにこの時期、レコード会社の意思なのか、あるいは本人の意思なのか(ほとんどは自作曲)、時代を映したAOR的な楽曲を主にB面で取り組んでいます。これが意外に悪くない。よく聴いてみれば彼の歌の本質は変わっていないことがわかります。でもやっぱり安心して聴けるのは冒頭のいわゆる「チャールズ・ブラウン・マナー」の数曲。アルバムタイトルの「Music, Maestro, Please」は本人のペンによるものかと思いきや、唯一のカバー曲。1930年代に作られた古いスタンダードでトミー・ドーシー楽団がヒットさせたものでした。「今夜はあの娘のことを思い出したくないんだ、マエストロ、素敵な音楽を聴かせてくれよ」といつものけだるくも甘美なチャールズ・ブラウン節に染め上げています。
(You Tubeに落ちてた音源は、アルバムの次曲のブルース「Hurry Hurry Home」と一緒になっていますが、別にメドレーではありません。)


かつての名盤のリイシューもすっかり忘れ去られた感のあるチャールズ・ブラウンさん。これを機に一気に発掘が…なんてことはないか…。

posted by ac at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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