2010年12月06日

Sampa / Caetano Veloso

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僕は小さな頃は好き嫌いが異常に激しくて、いつも昼休みは校庭で遊ぶ友達を横目で見ながら、独り教室で涙目居残り給食でした。でも高校生になってお酒を呑むようになったら(呑むな!)これが嘘のように解消。酒のつまみとして食べてみたらば、大抵のものは美味しく食べられるようになっちゃいました。まぁ食わず嫌いだったワケです。というか不味いと思って食べれば何だって不味く感じちゃうワケで…、意識の問題ですね。それでもどうにも生理的に受け付けない味、というものもあります。僕の場合はパクチーにコリアンダーにシャンツァイ、ってみんなおんなじか。タイ料理の味付けはかなり好みなんですが、あいつが入ってるとどうもカメムシ食ってるような気になっちゃう。

生理的に受け付けない音、というのもあります。「曇りガラスにツメをたてる」というのはそう書いてるだけでも鳥肌が立っちゃうんだけど、そんな極端でなくともアタマのどこかが嫌がってる音、というのがあるのね。僕の好きなハズの音楽にもそういうのがあって、例えばスヌークス・イーグリンさんの声とかジョン・コルトレーンさんのちゃんと咥えてないようなテナーの音とか。今ではすっかり慣れたけど、ディープ・ソウルを聴き始めのころはO.V.ライトさんの歯の抜けたような声もダメでした。でもどうしてダメなのだかは説明できません。音楽的評価以前の純粋に生理的な問題。

「美声」との誉れも高いようですが、カエターノ・ヴェローゾさんの何とも中性的な声も受け付けてくれません。なんせサイラス・スティールさんを史上最強ボーカルと認めるバリトン大好きの私ですから、まぁ傾向としてはそうなるのもわかるけど(他人目線)、別にバリトン原理主義という訳でもなくて、スモーキー・ロビンソンさんだって、ジミー・ヒューズさんだって、オリー・ナイチンゲイルさんだって、テッド・テイラーさんだってOKなんだけどな。単に「肌があわない」としか言えません。

カエターノ・ヴェローゾさんはブラジル音楽界の大御所中の大御所。その偉大さも才能もある程度は理解しているつもりです。ジルベルト・ジルさんと並ぶMPBの産みの親。ポップでもロックでもどうしても漂うゲージツ的かほり。確かに聴いていて「いい曲だなぁ」と思う曲は沢山あるのですが、なぜだかその声を脳ミソのどっかが避けていて、素直に腑に落ちてきません。来日公演にも行ったんだけどな。そんな中、失礼ながらお酒のつまみとして聴いたら美味しくも感動的に聴けた曲が「Sampa」。1978年のアルバム『MUITO』に収められていた人気作です。北東部バイーア州に生まれたカエターノ・ヴェローゾさんが大都会サンパウロへの複雑な思いを綴った曲。切なくも狂おしいメロディに包まれます。


posted by ac at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | brasil | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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