2011年09月28日

They're Red Hot / Robert Johnson

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辛い物好きだから馬鹿になっちゃったんだか、馬鹿だから辛い物好きになっちゃったんだかわからないけど、辛目のものが大好物なのです。七味も胡椒もタバスコもドバドバ入れちゃう。本日の昼食は武蔵小金井「プーさん」にて野菜チキンカレー極辛プチ(サイズね)をいただきました。野菜たっぷしのヘルシーそうな見た目ながら、お味のほうは凶悪な逸品。顔面の滝の汗を拭き拭きしながら苦行のように食べましたが、必ずまた食べたくなっちゃう絶品なのです。さらに本日、ふらり立ち寄った古書店で「トウガラシの文化誌」なる見目麗しい書籍を発見し、即購入。これから読むのですが、肛門に悪そうな一冊であります。

そんなわけで、あんまり関係ありませんが「They're Red Hot」。かのロバート・ジョンソンさんの残した貴重な作品の中からの一曲です。1930年代、残した録音はわずか29曲なれど、21世紀の日本の雑誌「レコード・コレクターズ」で巻頭特集が組まれちゃうほどのブルースの巨人。そのわずかな録音が何度もリイシューされてるってことは一応売れるんだろうな。まぁ、古い価値ある黒人音楽が注目を浴びるってのは悪くないことです。

「They're Red Hot」。昔から、この曲は好きだなぁ、と思って聴いていたのですが、そのレコード・コレクターズ誌によると「ロバートの録音中、最異色のホウカム・ナンバー」だそうで。かの中村とうようさんが「全29曲のうち1曲を除いた他の全ての曲の奥底にふつふつと燃え盛る情念が潜んでいる」と論評したその例外の1曲がこの曲だとか。そうか…僕の好きなこの曲には情念がこもっていないのか。ブルース・ファン失格です。生まれてスミマセン。たしかに他の曲とは違い、ギターはストロークだけだしね、いわゆるデルタ臭さは全くありません。でもね、ホントは彼はブルースばかりじゃなく、こんな曲も歌いたかったんじゃないかな、と思うのです。かのクラプトン氏も嬉しそうに(もっと軽いけど)歌ってるしね。


前回エントリーのころはまだ夏でしたが、あっという間に熱燗の恋しい季節です。先月の叔母の後を追うように、偉大な医師だった叔父が亡くなりました。落合監督退任発表。台風15号。いろいろなことがありすぎる9月です。
 
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2011年09月12日

La Casa De Al Lado / Liliana Herrero

igual a mi corazon.jpg

真夏が帰ってきたかのような強烈な日差しの中、iPodから突然流れたこの曲にやられて、道の真ん中で立ち止まる。リリアナ・エレーロさんの「La Casa De Al Lado(隣の家)」。たまらなく切ないメロディに魂を揺さぶるような歌声。2007年のアルバム『IGUAL A MI CORAZÓN(私の心と同じように)』の冒頭に収められていた、ウルグアイのシンガー・ソング・ライター、フェルナンド・カブレラさんのペンによる、胸を掻きむしられるナンバーです。

アルゼンチンが生んだ偉大なる歌手。フォルクローレといえば「コンドルは飛んでいく」くらいしか知りませんでしたが、この人の歌を聴いて見る目(聴く耳?)が変わりました。技巧や芸術やエンターテイメントとしての歌ではなく、人生そのものが歌であるような、まっすぐな「歌」。哲学で大学の教壇にも立っているらしく、あだ名は「ほろ酔いの哲学者」だそうです。

僕は2006年の10月に吉祥寺でライブを観ることができました。その何かに突き動かされているような、身を削るかのような歌いっぷりともに、茶目っ気のある笑顔も印象的でした。1948年生まれだから今年で63歳、とてもチャーミングな女性です。
 

魂でうたう歌。形は違えどソウル・ミュージックなのです。メモリアル・デイの翌日の今宵、恐ろしいほど美しい満月です。
 

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2011年09月07日

Corner Pocket / Count Basie And His Orchestra

April In Paris.jpg

朝晩はすっかり涼しくなりましたが、まだ暑かった8月の終わり、東北地方大人の修学旅行レポートの続き。陸前高田市の惨状に呆然としたまま一関へ。ただぽかんと口をあけて見て来ただけの自分を恥じつつ、傷心のまま車を走らせます。あぶないあぶない。どうしても行きたいところがもう一つあってコースを組んだんだけど、あの風景を見た後ではどうにも気分が高まりません。でも、せっかくだからと気持ちを切り替え、市営パーキングにレンタカーを停め深呼吸。一関といえば、お隣の平泉が世界文化遺産登録決定!ですっかり盛り上がっていますが、そのあたりには目もくれず、こちらも日本が世界に誇るジャズ文化遺産、「日本で一番音がいい」と言われている、ジャズ喫茶「BASIE」へ。かくして僕も「『ベーシー』の客」になりました。

二重の重たい扉をあけると、そこは音の洪水。土蔵を改良して造り出した薄暗くも格調高い店の奥に鎮座するのは、どでかいJBL。でかい音だけど、やかましいという感じが少しもしません。とんちんかんな僕の耳(先日また左右の耳のチューニングが半音ずれる、ということがありました…)ですが、さすがにすげぇ音だとわかります。未体験の音世界。いやこれは耳で聴いてるんじゃなくて体中の皮膚がその振動を感じてるのね。ベースがね、もう「ナマより生々しい」のです。漂うのは演奏者の汗の匂い…。

という興奮の体験ではありましたが、その前に見てきた風景に心はざわざわと静まらず、音に集中ができません。LP片面3枚ほど聴いたところで退散。もったいない。いずれも50年代くらいの見事なハード・バップでしたが、どうせならこの音でビッグ・バンドが聴きたかったなぁ…。

残念ながら大学の弱小ジャズ研ではメンバー足りず組めませんでしたが、そのためなおさら学生時代はフルバンドで演ってみたいと思ってました。当時もっぱら聴いたのはやっぱりウィリアム・カウント・ベイシーさんのバンド。今でこそオールド・ベイシー・バンドが好きですが、当時はなんだか敷居が高く、もっぱら50年代再結成以降の諸作を聴いておりました。まだ高校生、ジャズが「憧れ」の世界だったころ、最初に買ったのは上掲の麗しきジャケットの『APRIL IN PARIS』でした。なかでも惚れこんだのがミスター四分音符、フレディ・グリーンさんの作った「Corner Pocket」。押しと引きの妙。すんげぇフォルテッシモと静謐なピアニッシモにやられます。とつぜんミュート・トランペットのユニゾンになるとこが何とも可愛い。サド・ジョーンズ〜ジョー・ニューマン〜フランク・ウェスと続く作曲されたかのようなソロにもため息が出ました。


※埋め込み禁止のようですので直接YouTubeでご覧ください。

9月11日に一関のお隣の世界文化遺産のひとつ、毛越寺にてカウント・ベイシー・ビッグ・バンドが復興支援ライブを行います。もちろん本来のバンド・リーダーはいませんが、きっとこの美しきステージが羨ましくなって、あの世からちょこっとピアノを弾きにくるはず…。そもそもその店名のとおり、ウィリアム・カウント・ベイシーさん本人と交流のあったベイシーのマスター(菅原正二さん)を中心とする、「岩手ジャズ喫茶連盟」が主催したこのライブ。震災からちょうど半年後にして、あのテロからはちょうど10年後。行きたいなぁ、と思う美しい催しですが、もう財布が行かせてくれません。
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2011年09月03日

A World I Never Made / Johnny Adams

room with a view of the blues.jpg

気がつけばもう先月になってしまいましたが、8月の終わり、東北地方の経済復興に極めて微力ながらも貢献しようと、はやぶさに乗って大人の修学旅行に行ってまいりました。

まずは仙台。仙台と言ってまず思い出すのは「東洋一のゴスペル好き酒屋」いづみやのおやぢこと佐々木健一さんであります。あの震災以降、日本酒買うなら岩手・宮城・福島産に限定し、その芳醇な世界に心酔しておりましたので、仙台行くならいづみやのおやぢさんチョイスの逸品をゲットしなければなりません。仙石線で松島あたりをふらりと視察した後、仙台駅からは少々遠いとは思いつつ、Googleマップを頼りに一路徒歩にていづみやへ。途中ふと思いついて電話してみたらば「本日はお休みです」。ガーン!と思ったら「お休みだけど、店の前まで来てくれたら開けますよ」とうれしいお言葉をいただきました。大汗かきつつ「この辺のはずなんだけどな…」と迷っていたら、住宅街に忽然と現れるキャブエリントンのでかでかと描かれたシャッター。これを拝めただけでも定休日にいった甲斐があるってもんです。再び電話して少々待つとガラガラとシャッターが開き、佐々木健一さん登場。失礼ながら「あ、本物だ!」という感じ。突然ふらりとしかも定休日にやってきたどこの馬の骨かもわからぬおやじ(ボクね)にもかかわらず、お店に招き入れていろいろとお話を聞かせていただきました。お休みのところ小一時間もおしゃべりした上で、とりあえず旅のお供の四号壜(「萩の鶴・純米吟醸」これが旨かったー)と、後日自宅に送ってもらう一升瓶2本をチョイスしてもらったところで「これからどうすんの?」「いや、Kスタ宮城に楽天戦でも観に行こうかと思って…」「じゃあ車で送るよ」。何度かご辞退申し上げたものの結局、スタジアム前まで配送用の軽ワゴンで送ってもらっちゃいました。感動。なんという「とーほぐホスピタリティ」。佐々木さんホントにあんがどございました。

暮れなずむ宮城球場の美しきグラウンドを堪能した(試合は負けました〜)翌日は、一転まなじりを決してレンタカーで陸前高田市へ向かいます。

道中しばらくは内陸部。まだ崩れた瓦にブルーシートをかけている家が目にとまり、路面補修のための片側一車線通行が多いこと以外は、さすがに半年近くが経過しているためか、それほどは被害を体感しません。しかし南三陸町の沿岸部に降りていくとすれ違う瓦礫満載のダンプに緊張感が高まります。やがて目の前に広がるのは半年も経ったとはとても思えない主を失った街でした。いまだにそこら中に瓦礫と泥と水。言葉を失い気仙沼へ向かいます。

気仙沼の街は予想に反して商店街も軒並み営業中、復旧が進んでいるように見えました。が、港への角を曲がった途端に景色は一変しました。既視感があるのは津波に襲われる映像を何度も見たせいかもしれません。

そして陸前高田市。何もありません…。あるのはところどころの巨大な瓦礫の山と流され残ったわずかな廃墟、それに強い日差しに逞しく伸びる雑草だけ。原発はもちろん今でも深刻な状況にありますが、津波の被害も忘れ去られてはいけません。復興はまだ始まってもいないという状況。これからこそ本当の支援を必要としています。

少し海から離れ矢作町へ。今回の旅のホントの目的は「陸前高田市矢作町のヒマワリを見に行くこと」。6月初めに、陸前高田を「花や作物が育つ元気な町に戻したい」と、住民やボランティアが津波をかぶった田んぼにヒマワリの種をまいたというニュースを読んで、そのヒマワリの花を見に行こう、と心に決めていたのです。ぐるぐると車で彷徨うことしばし、本来ならば間もなく実りの秋を迎える田んぼだったと思われる「荒れ地」に、雑草にまみれてはいましたが、逞しく咲き誇るヒマワリたちを見つけました。「復興のシンボル」と呼べるほどの美しい景色ではありませんでしたが、力強く灯る小さな炎のような…。がんばれ!と心で叫びました。


ニュー・オーリンズの褐色のカナリア、ジョニー・アダムスさん。1988年のアルバム『ROOM WITH A VIEW OF THE BLUES』からドクター・ジョンさんのペンによる「A World I Never Made」を。2005年のハリケーン「カトリーナ」の被害へのベネフィット・アルバム『OUR NEW ORLEANS』で作者本人も歌っていた名曲。下記のYouTube映像ではそのカトリーナの映像が重ねられています。



posted by ac at 12:00| Comment(2) | TrackBack(0) | New Orleans | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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