2010年06月19日

One Nation Under A Groove / Funkadelic

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なんだかんだと追悼文ばかりのこのブログですが、またもや哀悼の意を表さない訳にはいきません。ゲイリー・シャイダーさんが56歳にして癌によりお亡くなりになりました。エイメン…。ジョージ・クリントンさんの右腕、Pファンク軍団のスポークスマンにしてギタリストにしてヴォーカリストにしてオムツ男。バップ・ガン片手に空中遊泳していましたが、もう地上に降り立つことはありません…。

はるか昔だけど、僕が学生時代に加わっていたファンク・バンドを観に来たことがある方は、オムツ姿のパーカッショニストがいたことを覚えているかと思います(強烈な印象だからね)。あれが何を意味しているのかわからなかった方も多いと思いますが、素直にゲイリー・シャイダーさんへの愛ある完コピ。オムツの中まで(?)コピーしてました。若かったよね。

1990年の今はなき汐留サイカ。Pファンク・オール・スターズの4時間ライブは僕の人生と脳内の構成を変えました。で、ライブの後、ツアーバスの前でゲイリー・シャイダーさんから何だかわかんないけど缶ビール3本をいただいたことも一生忘れないエピソードです(飲んじゃったけど)。瞳が異常にきれいだったことも忘れません。

♪ゲイリー、ゲイリー、ホームラン、じゃない(誰が知ってるんだ…)。昨年の東京JAZZに行かなかったことが悔やまれます。生涯オムツだった永遠のスター・チャイルド。R.I.P。



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2010年06月16日

On The Sunny Side Of The Street / Louis Armstrong

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最も好きな曲は?と訊かれたら「明るい表通りで」と答えます。この駄ブログにも過去2回登場

先ほど我が街のささやかな歓楽街を歩いていたら、自転車に乗り込もうとしていたかなりきこしめしたお父さんが「Grab your coat and get your hat, Leave your worry on the doorstep…」などと少々よれよれながら歌ってるん。嬉しくなって下の句ちょうだいして歌ったら「よく知ってるねぇ…」と赤ら顔。「ま、名曲ですから」と、それ以上の関わり合いはさりげなく避けたけど、お互い楽しくなっちゃう幸せな60秒でした。我が愛する岩瀬仁紀投手が名球会入りした素敵な夜です。



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2010年06月15日

Sea Of Love / The Honeydrippers

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ロバート・プラント、ジミー・ペイジにジェフ・ベック。70年代ハード・ロックのファンの方々にはいずれも神様みたいな名前かと思いますが、僕の今の音楽生活には殆ど無縁の人です。が、よく考えたらこの人たちがいなければ僕は今頃ジャンプ・ブルースなんぞをやっていなかったかもしれません。

1984年、といったらわたくしうぶな17歳。ビートルズを経てストーンズにどっぷり、という頃です。サックス吹き見習いとしてジャズなんかもチラと齧ってみたりもしてましたが、今思えば殆ど何もわかっておりませんでした。あ、今もわかってねぇか…。後はロッキン・オンかなんかパラパラとめくって、ストーンズ以外にのめりこめるものを模索中、な17歳の音楽生活。ベスト・ヒット・USAで初めて聴いた、かどうかは忘れちゃいましたが、妙に琴線に触れたのがこのハニー・ドリッパーズの皆さんの「Sea Of Love」。でした。


なつかしいね。先日、中古屋で見かけて衝動買いして10数年ぶりに聴いたら、ゴテゴテと塗りたくったストリングスがちょっとハナにつきましたが、まぁいい曲です。このハニー・ドリッパーズは上記大御所3人衆に、元シックの名プロデューサー/ギタリスト、ナイル・ロジャースさんなんかを加えたシークレット・バンド。ま、金持ちのお遊びのようなものでしょうか。この「Sea Of Love」はもとはと言えばフィル・フィリップス&ザ・トワイライターズの1959年の曲。クッキー&ザ・カップケイクスの皆さんも演っておりました。

この曲に惹かれて当時買った上掲ジャケットのミニ・アルバムには、レイ・チャールズさんの「I Got A Woman」やらベン・E・キングさんの「Young Boy Blues」(この曲のリトル・バスターさんのがもう最高なのですよ)やら、ロイ・ブラウンさんの「(Good) Rockin' At The Midnight」など40年代〜60年までのオールデイズがずらり。ビートルズ/ストーンズ以前のポップ・ミュージックを全く聴いたことのなかった当時の僕の耳にはずい分新鮮に聴こえました。特に「Rockin' At The Midnight」の分厚いホーン・セクションにはやられちまいました。何年かのちにドラマー氏の持ってきたジャンプ音源からジャンプ/ジャイブを演るようになったのも、この時の洗礼があったからかもしれません。

しかしこのPV(↑)、当時はこのロバート・プラントをずい分なおっさんだと思って見ていた記憶がありますが、今こうしてみると若いじゃん。あたしがおっさんになったということですか…。


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2010年06月07日

Rap-O Clap-O / Joe Bataan

joe bataan and his mestizo band.jpg

えんぴつのジョー、ではなくて地下鉄のジョーが初来日を果たしておりました。ジョー・バターンさんライブ・イン・ジャパン。はるばる海を渡ってやってくるというのにもったいない1夜のみ250枚限定のチケットは当然のことながらあっという間にソールド・アウト、気づいたときにはあとの祭りでした。己のアンテナの低さを呪いながら浅草方面に思いを馳せつつ上野でハイボールなど痛飲した土曜日の夜。後日、数少ないライブ・レポート検索してみればどれもが熱く高評価ばかり。やっぱり観たかったな。

1942年にニュー・ヨークのイースト・サイド、スパニッシュ・ハーレムで生まれたジョー・バターンさん。60年代に雑食混血音楽ブーガルーでファニア・レコードからデビューしました。そもそもジョー・バターンさんはプエルト・リコ系黒人とフィリピン人の両親を持つ“アフロ・フィリピーノ”、純粋ラテン系ではありません。70年代にはレーベル・メイトが一斉に誕生したばかりのサルサへとなだれ込むのを尻目に、ドゥ・ワップ〜スウィート・ソウル〜ディスコにラップまで取り入れた独自のラテン・ソウルに邁進。徹底して大衆音楽路線で徹底してストリート志向。チンピラっぽいカッコよさが魅力的です。実際に10代の頃にはエル・バリオのチンピラ連中のリーダー格だったらしく、刑務所暮らしも経験してるとか。

「ピュンピューン」と安っぽいシンセ・ドラムで始まる「Rap-O Clap-O」は1979年録音の下世話なラテン・ディスコ・ナンバー。安っぽいバック・コーラス&ダンサーのお姉ちゃん引き連れながら、シュガーヒル・ギャングとほぼ時を同じくして早くもラップに挑戦してます。新しもの好きだね。こうして(↓)今あらためて動画を観てみると何とも恥ずかしくなっちゃうけど、なんだか妙に耳についちゃう。ナマで聴いたら踊りまくっちゃうんだろうな。



横山剣さんにもつながるような確信犯的な安っぽさ。たまりません。やっぱり観たかったな。

posted by ac at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | latin | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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