2010年01月27日

I Had A Talk With God Last Night / Mitty Collier

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23日(土)は僕らのバンドのライブでした。渋谷のお店での最後のライブということもあり、大勢の皆様に来ていただきました。大変遅ればせながら御礼。ありがとうございました。

さて、一昨晩は女神さまと(ちょっとだけ)お話をしました。「I Had A Talk With Goddess The Night Before Last」です。場所は品川の、よしもとプリンスシアターで。そう、ようやく行ってきました「シカゴ;ブルース&ソウル・ショウダウン」です。ほんとは日曜日にバンドのメンバーと行く予定でしたが、どうしても都合があわず、独り寂しく25日に。5日連続公演最終日の月曜日、しかも発売からずいぶん経ってから取ったチケットは最前列(!)ということもあり、ガラガラなんじゃないかと心配していましたが、まずまずの入りでした。

お目当てはもちろん“パスター”ミティ・コリアさん。1960年代から70年代初頭にかけて素晴らしいディープ・ソウルを何曲か残して以降、ゴスペルを歌ってるらしいということは聞いていましたが、その歌声を聴いたことは一度もありませんでした。しかも前日情報では風邪をひいて吸入器を使っていたとのこと、少々不安な気持ちで出番を待っていましたが、一声聴いてぶっとびました。40年前と同じ、いやそれ以上の音圧です。風邪は若干回復してくれたか、声はやはり荒れているものの吸入器は使わず、こちらの心配を吹き飛ばすかのような熱唱ぶりでした。普通に歌ってもすごいのに、アクセル踏み込むと排気量が倍になっちゃう。ターボ・エンジン搭載。さすがに神に仕える人は違います。

今回はゴスペル・ソングのみ、ということで昔のディープ・ソウルは歌ってくれないだろうと思っていましたが最後に歌ったのがこの「I Had A Talk With God Last Night」。1964年のほぼ唯一のヒット「I Had A Talk With My Man」のゴスペル・バージョンです。というかもともと「I Had A Talk With My Man」はジェイムス・クリーブランド師の「I Had A Talk With God」を 世俗音楽に改作したもの。ゴスペルの世界に戻り、あらためて元のバージョンで歌っている、というワケでした。

1966年にTV番組『THE !!!! BEAT』で「I Had A Talk With My Man」を歌った映像がこちら(↓)。可憐です。いやもちろん今でも素敵です。



ミーハーにもサインをいただいてしまったトップのジャケットは、会場で販売していたアルバム『MITTY COLLIER SINGS TO GOD』。本国の教会のみで販売しているのだとか。CD-R仕様だし、自分のバンドの20年前の自家録音を思い起こさせる音質(苦笑)の曲もありだけど、いいんです、そんなことは。もうすぐ70歳にもなろうとする女性の手を握ってこんなにもときめいた(!)のははじめてです。

ショウ全体を通しての殊勲賞は、自分のステージ以外でも全編にわたりギターを抱えてバックを務めたジョニー・ロウルズさん。温かい人柄が滲み出ているような歌&プレイでした。バンドはベストではありませんでしたが(特にベース!)、半分サインお目当てで買って帰ったCDはなかなか素晴らしいものでした。いつかここに書きます。

最後に苦言。大トリのフラミンゴスはカラオケ。まぁあんなドリーミーなアレンジを演奏するようなバンドではなかった、というのはわかりますが、だったらバンド出さないで堂々とカラオケで演ってもらいたかったな。満面の笑顔で歌うテリー・ジョンソンのバックで、不器用にアテ振りをするジョニーさんの寂しそうな目が、最前列の僕の席からははっきりと見えました。
posted by ac at 22:59| Comment(3) | TrackBack(0) | gospel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing) / Al Hibbler

shoutin'_swingin'_&_makin'_love.jpg

NFLのプレイオフだの「大相撲幕内の全取組」などをだらだらとながめてる何だかしまりのない今日この頃。ハイビジョンおやじになっちゃってます。いかんいかん。ライブも間近だし気合いを入れなくちゃ…と、こんな曲。スウィングしなけりゃ意味ありません。見逃し三振禁止。

「It Don't Mean A Thing (スウィングしなけりゃ意味ないね)」は、デューク・エリントンさんとアーヴィン・ミルズさんが1932年に作った、まさにジャズを体現したかのようなタイトルの曲。そのタイトルはもともと初代ラッパ吹きのバッバー・マイレーさんの口癖だったとか。以来、いろんな人のバージョンが星の数ほど吹き込まれている有名曲です。"It makes no difference if it's sweet or hot"だそうですが、気合いを入れる意味も含めて、圧倒的にホットな演奏のアル・ヒブラーさんのバージョンで。

上掲のアルバム『SHOUTIN' SWINGIN' & MAKIN' LOVE』は1970年にチェスから出されたオムニバス。シカゴのチェスといえばガッガ、ガッガ、サンカサンカのパァーッ(?)と、ダウン・ホームなシカゴ・ブルースのメッカでありますが、こんなジャンプなものも細々と録音しておりました。ジミー・ウィザースプーンさん、ジミー・ラッシングさん、ワイノニー・ハリスさん(!)と超強力シャウター居並ぶ中に紛れ込んでいたのがアル・ヒブラーさん。1943年から51年まで座付歌手としてエリントン楽団に在席していた盲目の黒人シンガーです。

黒眼鏡をかけた風貌はまさにブルース・マン然とした様子ですが、泥臭いものよりも実は甘口バラッドが得意。ジャンプ/ジャイブというよりも純正ジャズ・シンガーです。しかしこの曲ばかりはハード・スウィング。ジョー・キャロルさんやレオ・ワトソンさんほどではないにせよ、はじけたバップ・スキャットを披露してます。うむ。でも実はこの曲のほんとの聴きどころはオスカー・ペティフォードさんと思われるベース。超強力です。痺れちゃう。

さて、明後日の土曜日(23日)はうちのバンドの長年お世話になった渋谷のお店でのラスト・ライブ。豪快に空振り三振してこようかと思います。お暇な方は是非!
 
posted by ac at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | jump & jive | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

Somebody Told Me / Teddy Pendergrass

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まるで天国にたたずむかのようなジャケットは、1977年のソロ・デビュー作『TEDDY PENDERGRASS』。でもほんとに逝っちまいました。エイメン。

テディペンことセオドア・ペンダーグラス・ジュニアさん。1982年の事故で半身不随となってしまってからはかつての歌ぢからは消え失せ、2006年には引退を宣言していましたが、59歳とはいささか若すぎました。1月13日、結腸癌により地元フィラデルフィア郊外の病院にて逝去。もうかつてのようには歌えないことはわかっていたけど…、残念です。

「Close The Door」に「Love T.K.O.」に「Turn Off The Light」。ヒット連発の性愛路線には男ながらもメロメロにさせられました。でもそんな作られたイメージのテディペンではなく、今宵は聖なる「Somebody Told Me」で追悼。ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツを飛び出したばかり、まだ硬さの残るソロ・デビュー作の2曲目に収められていたメッセージ・ソングです。わずか10歳にして聖職者になっていたというテディペンの、ゴスペル魂が炸裂するバラッド。まくし立てるような熱いブリッジは何度聴いても鳥肌が立ちます。

動画はないみたいだけど、音はこちらで

70年代後半、ディスコ一辺倒のソウル界にその猛々しい喉を武器に単身バラッドで立ち向かった、もっとも「男」の匂いのするソウル・シンガー。ザラついたバリトンでぐっと踏み込む瞬発力No.1の歌いっぷりは、まるで悪魔のようなかっこよさでした。神は与え、神は奪う。R.I.P. Teddy P.…。


明けて間もないというのに早くも2度目の追悼ブログになってしまいました。最貧国は地震に見舞われ、前途多難な2010年です。
 
posted by ac at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | soul | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

Tatuagem / Elizeth Cardoso

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「Tatuagem」。ポルトガル語でいれずみ。「私はあなたのいれずみになりたい。掴んでも掻きむしっても決して洗い落とせない…」という切なくもちょっと恐ろしい大人の愛の歌です。作ったのはシコ・ブアルキさん。自身の歌によるものももちろんありますが、今宵の一曲はブラジルが生んだ不世出の大歌手、エリゼッチ・カルドーゾさんでどーぞ。

昨年ライス・レコードから出された『サンバ歌謡の女王』はエリゼッチのごく初期、50年代SP録音を1枚のコムパクト・ディスクにまとめた美しいリイシューでした。コンパイルした田中勝則さんによる愛に満ち溢れた解説は、ライナーというよりは一冊の読み物です。これがあまりに素晴らしかったので、このところエリゼッチ再評価中。その際にやられちまったのがこの曲「Tatuagem」でした。

ビリー・ホリディにエディット・ピアフ、美空ひばりにアマリア・ロドリゲス。世界のディーヴァに並び称される褐色の女神エリゼッチ・カルドーゾさんですが、この日本ではあまり知られていない気がします。ブラジル音楽のディスク・ガイドなんかを見てみても、意外に小さい扱い。ボサ・ノーヴァのルーツであるサンバ・カンサゥン出身のそのスタイルが古すぎるのかしらん。お亡くなりになる1990年まで、しっかりと時代とともに歌い続けていたのですが…。

1974年の名アルバム『A MULATA MAIOR(偉大なムラータ)』に収められていたこの曲。MPB世代のシコ・ブアルキさんの作った美しいバラッドを、まるで休符に情感を込めるように丁寧に歌っています。大好きなエリス・レジーナさんも1976年の『FALSO BRILHANTE』のラストでカヴァーしていた名曲。エリゼッチによるこの曲の動画や音源は残念ながら見つかりませんでしたが、エリスのはこちらにありました。

そして作曲者本人の歌による原曲がこちら↓。訥々とした歌い口ながらこれはこれで味があります。なんだかわからないけど泣ちゃう映像つきで。

posted by ac at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | brasil | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

Tired Of Being Alone / Al Green

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まだ松の内だというのに悲しいニュース。メンフィス・ソウル界の重鎮にしてハイ・サウンドの生みの親、ウィリー・ミッチェルさんが1月5日に亡くなったそうです。エイメン。アル・グリーンさんは自身のオフィシャル・ウェブサイトのトップに二人の写真を大きく飾り、哀悼の意を伝えています。

アル・グリーンさんの曲のことはいつか書こうと大切に大切にとっておいたのですが、こんなカタチでの初登場となってしまいました。1971年の「Tired Of Being Alone」。大好きな曲です。アル・グリーンさんの初のミリオン・セラーであるとともに、ハイ・サウンドが確立された瞬間だと思います。もちろんアレンジはウィリー・ミッチェルさん。ウィリーとアルの二人の金字塔です。

posted by ac at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | soul | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

We Are One / The Hot 8 Brass Band

Hot 8 Brass Band.jpg

2010年。右を向いても左を見ても、莫迦と阿呆の絡み合いなような世の中ですが、NHK-BS1にて「ソウル・ディープ」なる連続モノの番組が放映され始め、嬉しくなった1月4日。いささか単純ではありますが、今年ももっぱらレコ屋と大衆居酒屋において景気回復に努めてまいりたいと意を強くする年明けです。

さて我が愛するiPodが2010年1発目に選んでくれた曲は「We Are One」。1983年のメイズの皆さんによる名曲ですが、以前にもご紹介したホット8ブラス・バンドの力強いホーン・セクションで。フランキー・ビヴァリーのシルキーな歌ももちろんいいですけどね、ニュー・オーリンズの猛々しいホーン隊によるやんちゃなアレンジで華々しくスタート。といきたいところです。



今年もよろしく、おたの申します。
 
 
posted by ac at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | New Orleans | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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