2008年10月27日

Warmin' Up / Teddy Wilson & His Orchestra

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再び心に火がついちまったCSでしたが、ものの見事に返り討ちにあい撃沈。ほんとだったら今夜こそクライマックス、チケットしっかり持ってたんだけどな。ま、ジャイアンツが強かったのね。くやしいけど。というかレギュラー・シーズンは嘘をつかないということか…。くやしいけど。

おかげで久しぶりに心穏やかな秋の夜長を迎えております。くやしいけど。負けちまったのに「ウォーミング・アップ」もないと思うけどこんな曲、オールド・ジャズで一献。テディ・ウィルソン(p)楽団名義の録音ですが上記の素敵な猫ジャケはテナー・サックスのレオン・チュー・ベリーさんの『CHU』。客演含め1940年前後のチュー・ベリーの名演を集めたアルバムです。

横綱コールマン・ホーキンスを追う大関ベン・ウェブスターにチュー・ベリー。つづくクセモノ関脇にレスター・ヤング。という時代だったそうです1930年代テナー・サックス界。他にももっといたんじゃない?とも思うけど、どの本みても大体そんなことが書いてある。大和明センセイが言うんだからしょうがない。しかし大関扱いながらひときわ知名度が低いのがチュー・ベリーさん。レコ屋行っても売ってません。レスターだったらいっぱいあるのに。ベニー・カーター楽団、フレッチャー・ヘンダーソン楽団、キャブ・キャロウェイ楽団でスター・ソリスト張っていたけど、自己名義の録音が少ないのね。まだまだこれからという1941年に33歳にして(31歳という説もあり)自動車事故で夭折。

このテディ・ウィルソン楽団での「Warmin' Up」はロイ・エルドリッジのトランペット、バスター・ベイリーのクラリネットにトロンボーンならぬテナーのチュー・ベリーがディキシーのように絡み合うテーマのナンバー。テディ・ウィルソンのピアノも含めてソロもそれぞれに素晴らしいですが、決め手は「いっちまえ!」とばかりに前のめりにざくざくとリズムをきざむギターにベース。あんまり何にも考えず、どんどんテンションがあがっていくのが聴いてて感じられるハード・スウィングです。1936年の録音ながら、まるでファンクのような高揚感。

かのチャーリー・パーカーさんもチュー・ベリーには敬服していて、息子に「レオン」という名をつけたのだとか。ゴリゴリと荒っぽくスウィングする男くさいテナー吹きです。もう少し長く演ってて欲しかったなぁ…。ドラゴンズもね。くやしいけど。
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2008年10月21日

Miracles / Men Of Vizion

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しかし何が起こるかわからないもので、すっかり秋風モードの他人事だったプロ野球、恥ずかしながら…のすべり込み3位でレギュラー・シーズンを終えた我が中日ドラゴンズですが、タイロン・ウッズの劇的な球児打ちでCS第1ステージを突破です。後半息切れで巨人に歴史的大逆転優勝をさらわれちまった阪神さんとはいえ、3位ドラゴンズとのゲーム差は10ゲーム、しかも対戦成績は阪神さんの17勝6敗1引分(涙)。それがたった2つの黒星で舞台を去らなきゃならないってんだから、タイガース・ファンならずともむちゃくちゃなルールだと思いますよ、クライマックス。

しかしここまできたら目指せミラクル。「5割そこそこの3位チームが日本シリーズじゃどっちらけだ」という良識あるプロ野球ファンも「中日Vなら不況になる」などと根拠のない発言をするどっかのでたらめオーナーもいますがもうだまれだまれ。こうなりゃ短期決戦万歳なのです。東京ドームのチケットも早速3試合分確保したし、明日からは一球一献の日々。結構忙しいんだけどな、いいのか?俺。

「Miracles」はメン・オブ・ヴィジョンの皆さんの1999年のアルバム『MOV』にひっそりと収められていた曲。その後たいしてフォローもしてなかったけれども、このアルバムを最後に消えてしまったみたいです。今頃皆さんどこで何をしてらっしゃるのでしょうか?僕にとってはこの曲一曲のみのグループでしたが、これがまたと〜ってもいい曲なんだなぁ。ポップで切ないリフレインが頭に焼きついちゃう、二流グループの生んだ一曲のみのミラクルでした(偏見あり)。

明日からはまた楽しくも辛い第2ステージ。狂おしい日々です。アイ・ビリーブ・ア・ミラクル。体力残しとかなきゃね。
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2008年10月13日

How Can You Lose Something You Never Had / Rozetta Johnson

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おそらくオリジナル・アルバムだけ聴いていたらば、こんなディープ・ソウル・ファンにはならなかっただろうと思います。オーティスのオリジナル・アルバムなんか聴いてても「とりあえず曲数は揃えました」的な安直なカバーなんかが多くてね、もちろんいい曲もあるんだけど、全体としては粗雑な印象。でも一曲入魂のシングル録音には密かな名作がいっぱい埋もれています。まだ学生の頃、それを教えてくれたのは桜井ユタカさん監修の『SOUL DEEP』シリーズVol.1〜3でした。当時は名も知らぬアーティストたちの名曲群、それこそ擦り切れるまで聴いたなぁ。学生時代の厳しい経済事情ゆえ、幸か不幸かシングル・コレクターにはなりませんでしたが、以来オムニバス盤偏重主義。

このロゼッタ・ジョンソンさんはその『SOUL DEEP Vol.1』で初めて聴いたレディ・ソウル。「Holding The Losing Hand (失われた手)」っていう素晴らしくディープなミディアム・ナンバーが選曲されていました。このころはいちいち邦題のタイトルがついててね、なかなかいい味だしてました。「僕のベイビーに何か」とか「ダンス天国」とか「愛しすぎて」とかね。

その実力とは裏腹に、シングル8枚残しただけで、現役時にはアルバムを出せなかったロゼッタ・ジョンソンさんですが、↑ジャケットのCD『PERSONAL WOMAN』は昨年、マニア心を刺激してやまないリイシュー・レーベル英グレープヴァイン傘下のソウルスケープから突然出された初の単独名義アルバム。アラバマ州はバーミングハムの小レーベル、クリントンに残された6枚のシングルに未発表発掘曲を加えたソウルスケープの素晴らしい仕事です。アラバマ州といえばフェイムやクインヴィがあったマッスル・ショールズが僕にとっては聖地。バーミングハムといえば鉄鋼とゴスペルと公民権運動の街、の印象でしたが、地味ながらも渋いソウルが細々と録音されてました。

その力強い歌いっぷりももちろん素敵ですが、これらの録音の魅力は名ライター・名プロデューサーにして凡シンガー(失礼!)であるサム・ディーズさんが提供した楽曲群。上述の「Holding The Losing Hand」や名コンピ『ATLANTIC SISTERS OF SOUL』に収められていた「Who Are You Gonna Love (Your Woman Or Your Wife)」も極上ですが、白眉なのがこのミディアム・ナンバー「How Can You Lose Something You Never Had」。全く天才メロディ・メイカーです。応えるロゼッタ嬢も力十分の1972年のクリントン5枚目のシングル・ナンバー。こんなのがゴロゴロあるからリイシュー漁りはやめられません。
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2008年10月11日

Plastico / Willie Colón & Rubén Blades

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『米国ラテン音楽ディスク・ガイド50's→80's』なるものを衝動買いしちゃったこともあり、最近ちょっとラテン・ブーム。サルサは10年くらい前に一時期少しハマったことがあって、その頃買ったアルバムなどを引っ張り出して聴いています。ご多分に漏れず一番聴いたのはNYラテンの立役者、ウィリー・コローンさんでした。トロンボーン奏者にしてアレンジャー、プロデューサー、バンド・リーダーで、80年代以降は歌手もこなしているけど、それ以前は専属歌手とがっちりと組んでヒットを連発。初期に組んでいた名ボーカリスト、エクトル・ラボーさんの声が僕はどーも得意じゃないので(ラテン系の人はえてしてそうだけど、キーがちょっと高すぎるのね)、ウィリー・コローンといえばどうしたってボーカルはルベン・ブラデス(ブレイズ)さん、ということになります。一緒に演ってた期間は短いけど、パフォーマーとしてのルベンと、サウンド・クリエーターとしてのウィリーの「世界最強タッグ」。

中でも一番聴いたのは1978年の大傑作アルバム『SIEMBRA』。タイトル曲や「Pedro Navaja」など名曲メジロ押しですが、アルバム冒頭の「Plastico」を。プラスティックをカネが全ての欧米文化になぞらえて、ラティーノとしての誇りや団結を訴えるメッセージ・ソングです。冒頭のディスコ・ビートとチョッパー・ベースには思わず引きますが、これは退廃した米国音楽を揶揄した単なる演出。肝心なのは後半のコロ(コーラス)です。パーカッションのオンとオフが鮮やかで、途中から入ってくるアタマ打ちのカウベルの力強いこと。よくわかんないと思うけど僕の中では風林火山のイメージです(?)。チェンジ・オブ・ペース的にはさまれるホーンによるインスト・パートも効いてる。ウィリー・コローンの音楽の特徴ともなるトランペットをあえて排したトロンボーンのみによるホーン・セクション、トロンバンガ。当然、鋭さには欠けますが、補って余りある中低音の力強さ。なんとも心地いいです。

ディスク・ガイドなんかぱらぱら見てるとあれもこれも欲しくなっちゃう。昨年あたりからファニア(1964年にニューヨークで設立されたラテン音楽専門のレコード会社)の諸作がコロンビアから国内盤で再発され始めて期待してたんだけど、やっぱり売れないのかなぁ…、いまいちペースが鈍いですね。ま、それくらいのほうが僕の財布には優しいですが。
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2008年10月06日

Love's In Need Of Love Today / Stevie Wonder

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その昔、スティーヴィーの「That Girl」や「Do I Do」が流れていたTDKのカセット・テープ「AD」のCM。「君は雲が見える、僕は流れる風が見える…」ってやつ。たまたまYouTubeで見つけました。これを観て「おぉ懐かしい!」と思う人は確実に同世代、若しくは先輩でいらっしゃいますね。まだ中学生だったこの頃、始めて観に行った外タレのコンサートがスティーヴィー・ワンダーat日本武道館でした。ソウルのソの字もわかってない頃、生意気なガキだったなぁと思うけど、客席総立ちになったとき勢いで立ち上がっちゃったものの、どうやってステップ踏んでいいかわからず恥ずかしかったことも覚えてます。誰も気にしちゃいないのにね。

そのライブのしょっぱなに演奏されたのがたしかこの曲「Love's In Need Of Love Today」。ゴスペルっぽい荘厳なハーモニーのコーラスに鳥肌がたって、ストーンズ一辺倒だった僕の音楽人生のベクトルが少し変わった…ような気がする。今でもとっても大事にしている愛聴曲です。

1976年の超大作2枚半組『SONGS IN THE KEY OF LIFE』の冒頭を飾ったこの曲。他にも名曲が目白押しです。ひとつのスタイルに押し込まれちゃってるんじゃなくて、もう全方位的に開いちゃった上で、それぞれが名曲ってところがなんとも凄い。もうこの頃は溢れ出ちゃってしょうがなかったんだろうなぁ、と思います。メロディの宝庫。この曲のボーカルによるアドリブや「Isn't She Lovely」におけるハープ・ソロがその証し。全部が全部、細部まで緻密に作曲されたみたいな。「天才は溢れ出る。凡人は絞り出す。ゆえに天才なんて全然偉くない。」というのは僕の持論ですが、まぁ負け惜しみみたいなもんです。

しかし溢れ出る泉もいつかは涸れる。異論のある人も多いかもしれないけど、このアルバム以降、きらめきは徐々に失われて行き、1984年に「I Just Called To Say I Love You(心の愛)」という世紀の駄作を作って以降、残念ながらスティーヴィーの才能は枯渇したままです。ハタチ過ぎたらタダの人って言葉があるけど、彼の場合は30過ぎたら…、まぁ「タダの人」ってことはないけど、羊は出て行ってしまったみたいです。彼が70年代に残した作品の偉大さがそれで失われるわけじゃないけどね。

「ある愛の伝説」。ちんけなラブ・ソングみたいな邦題ですが、「愛は今、愛を必要としている」と訴える、大きなテーマの社会派メッセージ・ソング。30年も前の曲だけど、状況は今も変わっていないなぁ、と思う。なにかというと「imagine」ばかり出てくるけど、この曲も是非。
posted by ac at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | soul | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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