年明け早々、1月2日に僕にとっての史上最高のサウンド・クリエイター、リック・ホールさんがお亡くなりになり、それ以来2カ月以上、彼の残したFAME関係の音源以外はほとんど聴かないという生活を送りました。ひょんなことから彼を追悼するDJイベントに誘ってもらい、この歳にして生まれて初めてのDJの真似事を錚々たる先輩方に紛れてやらせていただいたのが2月の初め、さらに3月には恐れ多くもゲストはありながらワンマンでのDJイベントまでやらせていただきました。そのための選曲ということもあり、追悼の気持ちももちろんありで、関連曲やダブりを含めて500曲近いソングリストをiTunesにつくり、それをシャッフルプレイで聴きまくるまさにFAME漬けの日々。しかしこれが自分でも驚いたことに飽きるなんてことは全くなくて、ますますそのサウンドの魅力に引き込まれていきました。FAMEの音なんてもう30年近くも聴き続けてきたはずなんだけどね、真剣に聴きこむとまだまだ新しい発見もあるのです。恐るべしFAMEサウンドのディープな世界。
ご存知ない方のために一応説明をしておくと(ご存知ない方はそもそもこんな駄ブログを覗く機会もないか…とも思いますが)、リック・ホールさんはアラバマ州はマッスル・ショールズという何にもない片田舎にフェイム・レコーディング・スタジオという音楽スタジオをつくってサザン/ディープ・ソウルの名曲の数々を録音したエンジニアにしてプロデューサー。FAMEというレコード・レーベルのオーナーでもあります。抱えていた代表的アーティストはジミー・ヒューズさんにクラレンス・カーターさんにキャンディ・ステイトんさん。というとちょっと小モノ感が出ちゃうんだけど(いや、みんな素晴らしいんですけどね)、ウィルソン・ピケットさんの「Land Of 1000 Dances(ダンス天国)」やアレサ・フランクリンさんの「I Never Loved A Man(貴方だけを愛して)」をはじめ、ATLANTICやCHESSなど、他レーベルからシンガーを受入れ、多くの、本当に多くの名録音を残しています(ソウル界以外でもさまざまな実績があるそうですが、すみませんが僕はそっちは全く知りません)。
時代は1960年代。MOTOWNやSTAXは新たなサウンドを「発明」し、数々のヒット曲を連発しました。遅れてきたリック・ホール青年は、新たな音を発明したわけではありません。と僕は思っています。しかし、彼は「完璧」を目指し、そこに近づきました。前にもどこかに書きましたが、彼の残した録音を聴いて思うのは「何も足す必要はないし、何も引く必要もない」ということ。余計な音を出すミュージシャンはいないし、必要とされる音を弾いていないミュージシャンもいない、ドラムのオカズの全てに意味がある、と感じます。もちろん全部が全部そうではなくて一部の上手くいった録音だけですけどね。ただ、そんなことを感じるレーベルは僕には他にはありません。MOTOWNは余計な音が多すぎるし、STAXは足りない音が多すぎます(笑)。きっとリック・ホールさんのエンジニアとしての「耳」が完璧でない音を許さなかったのだろうと思います。
生まれて初めてDJをやるにあたり、ついにあえて距離をおいていたシングル盤に手を出してしまいました。ソウルの魅力は本来シングルで味わうものだ、というのは頭ではわかっていましたし、そもそもこのブログの「一曲一献」というタイトルも、音楽はアルバム単位ではなく、曲単位で評価すべきもだろう、という思いで付けたものでした。しかしながらソウルのシングル盤の世界が大変マニアックなもので、曲によっては1枚(当然2曲しか入っていません)が数千〜数万円で取引されていることも見聞きしていましたし、また、欲しくなったものは手に入れないと気が済まない自分の性格もしっかりと把握していましたので、何とかこの歳までココロにブレーキを掛けてきたわけです。しかしながら、2月に新橋のARATETSU UNDERGROUND ROUNGEで開催された「FAME Special DJ Party」でお皿を回す4人の大先輩方はいずれも7インチしか回さないというのです。かけたいと思っている曲は当然全部LPかCDで持ってるんだから素人らしく「CDとLPでいきます!」と言えばいいものの、DJへの憧れと見栄で、レコード屋回りを始めた自分に気がつきました。
そんな中古レコ屋回りで見つけた1枚。白地にモノクロで「Another Man’s Woman, Another Woman’s Man」とタイトルだけあってアーティスト名が書いてありません。ウラ面は(というかそっちがオモテだろうと思いますが)ジョージ・ジャクソンさんの「Double Lovin’」。スペンサー・ウィギンスさんがフェイムに残した曲の作曲者によるデモ・バージョンです。実はこの珍品シングル、英KENTから『THE FAME STUDIO STORY 1961-1973』というFAME関係音源ばかりを集めた僕にとってはバイブルのような3枚組CDが出た際に、ディスク・ユニオンさんがシングル付のオリジナル仕様限定バージョンの特典としてプレスしたもの。発売当時、その存在は知ってはいましたが、前述のとおりシングル・コレクターではなかったもので(当然その2曲は本体のCDにも収録されています)特に食い指は動かず、通常のCDのみのものを購入しました。それが今になって本体のCDからは引き離され、中古屋のシングルのエサ箱に流れ着いておりましたので、DJで流すネタにはいいんじゃない?と思い救出したものです。その「Another Man’s Woman, Another Woman’s Man」はシングルにはアーティスト名はありませんでしたが、CDでは「Unknown Female」正体不明の女性とされていたもの。曲はローラ・リーさんやキャンディ・ステイトンさんも歌っているダン・ペンさんとジョージ・ジャクソンさんのペンによる名曲です。FAMEの倉庫から見つかったこの音源、恐らくはローラ・リーさんに歌わせるにあたって事前に録音されたデモ・テープだろうとのことですがこれがなかなかグッとくる歌いっぷりで『THE FAME STUDIO STORY 1961-1973』の発売当時から誰が歌っているのだろうと気になっておりました。
実は今ではこの歌い手の正体はわかっています。マージョリー・イングラム(Marjorie Ingram)という女性。ジョージ・ジャクソンさんのメンフィスでの同僚、ダン・グリアさんの愛弟子だそうです。『THE FAME STUDIO STORY 1961-1973』が出た翌年に『HALL OF FAME』という頑なだったリック・ホールさんを口説き落としたレア&未発表音源が、再び英KENTから出されるのですが、その中によく似た声の女性シンガーを見つけ「この人に違いない!」と新たな発見に悦に入っていた僕ですが、その『HALL OF FAME』のライナーをよく読んだら既にその旨が書かれておりました。残念。でもいいシンガーだと思います。
わずか1月やそこらでかけたい曲が全て7インチで集まるわけもなく…、しかし何軒かの中古レコ屋のエサ箱を血眼で探しまくったお陰で、何曲かのFAMEを象徴するシングル盤を回すことができました。いや、最初の曲のターンテーブルに針を落とすときには手が震えたなぁ。でもその時集めたシングルたちがまたかけてくれと言っているようで、次(あるのか?)に備えてエサ箱を覗く日々。トウが立った素人DJですが、何かあったら誘ってください(笑)。